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2011年5月

2011年5月31日 (火)

前なんとかさんの正体 > 3人連続で●●の首相はイヤだ

< 首相にふさわしいのは誰 >

1位枝野、2位小沢、3位前なんとかさん
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110530/stt11053021420010-n1.htm


■■■■ 前なんとかさんってどんな人 ■■■■

・・・・・・・・・・・・・・・・公人は出自を積極的に公開しておくれやす・・・・・・・・・・・・・・・・

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◆ 怪しいな・・・・その1
 
  北朝鮮との関係が、ちと、濃密すぎるんやおまへんか?

">


 < 前なんとかさんの北朝鮮渡航歴 >

 (1)平成4年京都府議会議員時代
     日朝友好促進京都府議会議員連盟の一員として渡朝

   (日朝友好促進京都府議会議員連盟)
    ↓こんなことしてはる組織でおま。
     http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2006/05/0605j0117-00003.htm

 (2)平成6年11月(衆議院議員1期目)
     国会会期中にも拘わらず、京都の河村織物社長と渡朝。
     & 平壌で、偶然、よど号犯人と出会い、集合写真をとりはった。

     へぇ、偶然どすか。
     偶然でも、前なんとかさんは、現役の国会議員どすえ。
     ほな、体を張ってでも、指名手配犯人にお縄をかけるべきどっしゃろ。

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◆ 怪しいな・・・・その2

  在日との関係が、ちと、濃密すぎるんやおまへんか?

 (1)民団幹部に地方参政権付与をお約束(2005.11.30)
     http://makizushi33.ninja-web.net/mindan.htm

 (2)焼き肉屋のオバハンからの政治献金

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◆ 怪しいな・・・・その3

  「日の丸・君が代」に、反対票、投じました
  http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/145/0001/14507220001047c.html



◆ 前なんとかさん、良心も責任感も、もともと、あらしまへんと違いますやろか

 (1)永田メール事件(2006年3月)
     2009年1月3日、永田寿康さん、自殺。
     前なんとかさん、せめて、お墓参り毎年しておくれやす。

 (2)八ッ場ダム・川辺川ダム建設中止(2009年9月)
     一方的にマニフェストやと、中止なさりましけど   
     その後のフォローしてはるのやろか。
     言いっぱなし、やりっぱなし、後は知らんぷりは、止めておくんなはれ。

 (3)JAL再生
     そう言えば、京セラ稲盛はんも、京都でおますな。
     どうせ先斗町で機密費で芸妓あげて決めはったのでっしゃろ。

 (4)高速道路無料化
     どないしますんの?

     あんたはん、今度は、国会裁判官訴追委員会委員長だそうやけど
     もう、これ以上、日本をかき回すのは止めておくんなはれ。

     あんたはんには、政治家も政治屋も、どちらも無理や。
     長年政界を見てきた木屋町の女将のわてが言うんやから、間違いおへん。

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< ご参考 >

地域主権研究会著「日本を元気にする地域主権」2008年PHP江口克彦・前原誠司編から

◆ 第一部 地域主権で日本をこう変える

・・・・・・・・国の仕事は国家戦略に限定・・・・・・・・

(前原) 

 共通認識として中央集権の打破が必要だということは間違いありません。国土交通省や厚生労働省、農林水産省など中央省庁のピラミッドに加えて、さまざまな独立行政法人、公益法人への天下り、これらが本当にすごい形でアメーバのようにできあがっている国が日本です。これを打ち破るということが極めて大事だと私も思います。

 私も道州制を頭から否定しているわけではないのですが、怖いのは地方分権改革推進委員会の議論で各府省は地方支分部局の廃止に対してゼロ回答という点です。このままでは、地方支分部局を残したまま道州制になりはしないか心配です。つまり、中央集権の分散化というだけで、かたちは道州制になるけれど中央集権の中味とピラミッド構造とは残るという話になることが危惧されます。

 そういう意味では、官尊民卑の独立行政法人、公益法人、そして権限と財源を駆使した特別会計などの仕組みを打破して、基礎自治体、地方政府に権限、財源をしっかりと渡していくというシナリオをつくるということが大事だろうと思います。


 また、現状の最大の問題は国が国の仕事をしていないことです。日本は国家戦略なき国なのです。きちんとした国家戦略を持っていれば、食料自給率が三九%まで下がり農業従事者の平均年齢が六十歳近くという現状を生むはずがありません。このままいけば五年後には自給率は三〇%を割るでしょう。エネルギー外交についても、食糧安保についても、まさに場当たり的に問題が起きたらそれに対応するというやり方を続けてきた結果です。

 例えば李登輝さんは、台湾を十年後、二十年後どうするかという視点を貫いて政策をやられてきましたが、日本政治にはそういう視点がないのです。最大の問題は政治そのものにあると思います。私は中央集権体制、地域の箸の上げ下ろしまで国の権限と財源が絡まっている今の仕組みを解体して、国の役割を限定化させ先鋭化させることが何よりも重要だろうと思います。

 もう一つ挙げるとすれば、道州制を緩やかな道州にするのか、それともかなり確固としたものにするかです。具体的には、州議会を置くのか置かないのか、あるいは州知事を置くのか置かないのか、これらは大きなポイントになってくると思います。仮に基礎自治体の広域連合でやるとすれば、道州というものはあるけれど州議会とか州知事は置かずに基礎自治体の広域連合で処理します。例えば広域行政に関わる協定を給んで、ごみの収集や大学連携は必要とされる広域でやる。あるいは河川整備は流域の広域自治体でやるというようなこともあり得るのかと思います。

 確固とした道州制か、広域自治体の連合体としての緩やかな道州制か、その拠り所になるのが基礎自治体のあり方と再編プロセスだろうと思います。プロセスについては、国会で議員立法するという考え方から、今の基礎自治体に任せるというやり方もあるでしょう。
(引用終り)


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 この本は、民主党の政権交代前に、出版された本です。マニフェストよろしく、言うことだけは大層ご立派、感心致します。

 でも、反吐がでます。

 何よりも先ず、「主権」という言葉の定義には、地方は対象に成り得ません。主権とは、本来国家に属するものです。そもそも、地方に主権など、一切、ありません。地方に本来の意味での主権を与えようと本気で思っているなら、地方は統治権を持つことになります。そうなったら、関東広域連合と関西広域連合がお互いに戦争だって出来ることになるんですよ。こんな基本的なことさえ、彼らは、理解していないのです。

 もっとも、彼らの最終的な狙いは、日本解体ですから、沖縄や北海道を独立させ、国家主権を与えた上で、中国やロシアの属国にしようとしているのかも知れません。

 笑っちゃうのは、「
また、現状の最大の問題は国が国の仕事をしていないことです。」って。前なんとかさん、よ~く、お判りになっていらっしゃいます。民主党の皆様は、政権与党として国家どころか国会議員のお仕事さえなさっておりませんよねぇ。所詮、議員年金が欲しくて、寄生虫生活を維持したいだけでしょ、とひねくれおじさんの私は、つい、考えてしまいがちです。

 そうそう、あとこの本の、前なんとかさんと共同編集をなさった江口克彦さん、本書出版当時はPHP総合研究所の社長さんだった方ですが、現在は、みんなの党所属の参議院議員です。こうなると、皆さん、松下つながりで、日本の立志伝中の人物「松下幸之助」さん自身の、何やら香ばしい匂いも否定できなくなってきました。考え過ぎだと嬉しいんですがネ。
 

2011年5月30日 (月)

内閣不信任案賛同は被災地に無礼だ > 前原誠司

<前原誠司氏 福岡市内街頭演説会(2011.5.29)>
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110529-OYT1T00598.htm?from=rss&ref=rssad

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★ 民主党お笑い劇場「毎日が平壌運転」
  主 演:前なんとかさん
  助 演:日本国民
  提 供:Hard Bank

(前なんとかさん)
 野党が、今週、姑息にも管内閣不信任案を提出すると言っている。
 だが、それは、被災地に無礼だ。

(日本国民)
 それが、何か? 

(前なんとかさん)
 だから、こんな大事な時に、内閣不信任案を出すなんて
 被災地に無礼だと言っているんだ。

(日本国民)
 それが、どうかしました?

(前なんとかさん)
 一体お前達は、俺の言うことを聞いてるのか。
 震災で困っている人が大勢いるのに、今、総理大臣を替えてしまったら
 復旧が止まってしまう、と言ってるんだ。
 
(日本国民)
 だから、それが、どうしたんです。

(前なんとかさん)
 えぇい、愚民達め。
 よぉ〜く耳の穴をほじくって、俺の言うことを聞け〜ィ。
 総理が、今、変わっちゃったら、復興できないだろう。
 な、そうだろう。
 お前達は、被災地の人達の苦しみが解らんのかい!

(日本国民)
 被災地の人達の苦しみって? 

(前なんとかさん)
 現実的には、現金がない、職がない、住む家がないことだ。

(日本国民)
 あぁ、そうですか。

(前なんとかさん)
 な、わかっただろう。
 被災民、かわいそうだろう。

(日本国民)
 えぇ、わかります。
 でも、それって、総理が変わらなければ、出来るんですか。
 だって、震災から、もう2ヶ月半も経つんでしょう。
 それなのに、義援金は1円も届かない。
 仮設住宅は一向に建つ気配がない。
 職も見つかってないようだし。
 じゃあ、菅さん、変わらなければ、6月中にみんな実現するのね。

(前なんとかさん)
 一生懸命、努力します。
 
(日本国民)
 本当に一生懸命、努力して下さいね。
 これから梅雨や台風、酷暑のシーズンで、お気の毒なんですから。
 で、義援金、あと2週間で手許に届きます?

(前なんとかさん)
 いや、ちょっと、時間がかかると思います。

(日本国民)
 ちょっとって、いつ? 1ヶ月、2ヶ月、1年?

(前なんとかさん)
 いや、兎に角、努力します。

(日本国民)
 前なんとかさんが考えている努力の定義を教えて下さい。

(前なんとかさん)
 自己の最大限の力を発揮して、目的に向かって頑張ることです。

(日本国民)
 目的に向かって頑張るの定義を教えて下さい。

(前なんとかさん)
 えぇい、五月蝿い!
 黙れ、愚民め!
 頑張ると言ったら、頑張るんじゃい。
 アホ、ボケ、ナス、アンポンタン。
 お前の母ちゃん、出べそ。
 被災地なんて、どうでもいいんじゃ。

(日本国民)
 wwwwwwwwww


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☆ 佐々淳行著「わが記者会見のノウハウ」(2010文藝春秋)より

 < 武器としてのソフィスト的詭弁術 >

 国際交渉の場にかぎらず国内の討論でも、実際に人を動かしているのは「理外の理」であり、ソフィスト的脆弁術であることがよくあります。言葉の闘いにおいて不覚を取らないため、脆弁術の手法を以下で分類、考察してみましょう。

 ① 論点変更の誤謬

 相手が何か主張してきたら「ソウ・ホワット?」「それが何か?」と、相手の用意した土俵に上がることを拒否し、自分に有利な別な土俵を作って、遂に相手をそこに引っ張り込む弁論術です。

 これはギリシャ正統派の形式論理学では「論点変更の誤謬」と呼ばれる、ルール違反の脆弁術のひとつですが、これが武器になるのです。例えば、一般論に対しては各論で、各論に対しては一般論で返すのが「論点変更の誤謬」です。

 *本書には10個の詭弁対処術の記載あり。
  上記はそのうちの第一番目。

2011年5月29日 (日)

日の丸・君が代 ダ〜イキライ > 反日軍の偽善

■■■■ 反日軍・検証(その3) ■■■■

国旗及び国歌に関する法律・全文
(平成11年8月13日法律第127号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO127.html


◆ 賛成意見・反対意見 ◆
第145回衆議院本会議 (平成11年7月22日)



● 民主党:修正案を提案

 <鳩山由紀夫>

 私は、民主党を代表し、国旗及び国歌に関する法律案に対する修正案について、その提案理由及び概要を御説明いたします。

 今、多くの国民が、窒息しそうなほどの息苦しさを感じています。数に物を言わせ、国家の管理を強化しようという政権が誕生しようとしているからです。まさにこのようなときに、日の丸を国旗に、君が代を国歌に定めるという法案が提出されました。
 
 その審議に際して、我が党の石井一議員の質問に対し、野中官房長官は、まさに恫喝とも思えるような答弁をされました。それはまさに、国民に対して、国民に言われる筋合いではないと開き直っているのと同じであります。ここ数年来の長官の変節とも言える言行不一致と無責任発言は、到底許容しがたいものであり、次世紀の我が国のあり方にもかかわる本法案が、そのような大臣の主管のもとで審議を進めなければならないことは、日の丸・君が代はもとより、日本国民にとってまことに不幸なことであります。

 日の丸・君が代が国旗・国歌として定着していることは、多くの国民が認めるところであります。だから、わざわざ法律にすることもないという意見もあるほどです。しかし、日の丸・君が代が国旗・国歌として定着していることと、日の丸・君が代を法制化することとは、全く別の問題です。現実に、日の丸の法制化については多くの国民が賛成しておりますが、君が代に対しては、歴史観の相違や世代間の受けとめ方の違いなどから、さまざまな意見があり、法制化することについては慎重論がふえております。

 それにもかかわらず、政府が、通常国会冒頭ならまだしも、延長された国会の中で本法律案を提出したことは、余りにも唐突であると言わざるを得ません。その上、政府が本法律案を提出した動機も、教育現場の混乱を押さえつけるためだけとしか考えられず、不純なにおいが感じられ、また、結果として、残念ながら、教育現場もさらに混乱する懸念すらあります。

 すべての国民の内面に深くかかわる国旗・国歌の問題を、国民的な議論もせずに、数合わせの政権が牛耳る国会で、わずか二日間、十三時間ばかりで成立させようという政府の姿勢に、国民は不安と不信感を募らせています。この経緯からすれば、日の丸・君が代を最も軽視しているのは、ほかならぬ政府であると言わざるを得ません。

 私たち民主党議員一人一人の心中も、正直言って揺れ動きました。そして、他の多くの政党とは異なって、私たち民主党は、愚直なほど何度も何度も議論を重ねてまいりました。その結果、多くの国民の心情を酌み取りながら、国旗については法制化を認めるものの、国歌についてはもっと時間をかけて議論をすべきと考え、今般、政府案に対する修正案を提出いたしました。

 以下、修正案の内容の概要を御説明申し上げます。

 第一に、題名を「国旗法」とするものとします。

 第二に、国旗に関する規定中、「国旗は、日章旗とする」こととあるのを、「国旗は、日章旗である」ことといたします。

 第三に、国歌に関する規定を削除するものとします。

 以上が、修正案の内容の概要です。

 私たちは、五五年体制のもとでの、国家主義的な保守でも、また平和主義、国際主義的な革新でもありません。国民主権を主張する戦後日本の世代であります。したがって、日の丸に対しては、国家に立脚した保守の賛成論でも、国家を批判する革新の反対論でもなく、国民国家に立脚をした戦後日本の象徴として、国旗としての法制化に賛成をいたします。

 君が代については、象徴天皇制に戦前の天皇制をダブらせる保守の賛成論にも、天皇制を否定する革新の反対論にもくみせず、戦前の天皇制ではなく、国民主権の立場から象徴天皇制を認める考え方に基づいて、もっと時間をかけて国民的な議論の中で結論を出すべきものといたしました。

 私たちは、この国が大好きです。日本に生まれ育ったことに誇りを持っています。国を愛する心は、強制されるものではなく、真に内面からわき上がってくるべきものでなければなりません。私たち政治家の役割とは、過去のさまざまな歴史を乗り越え、遠い未来の子孫たちに、彼らが真に愛することのできる国をつくり上げ、受け継がせていくことにあるのではないでしょうか。そして、そのときにこそ、すべての国民が自然な感情で国歌を歌い上げることができるのだと思います。

 私たち民主党は、そのために存在していることを肝に銘じ、一層の努力をすることを国民にお誓い申し上げます。

 各会派の御賛同をお願い申し上げ、国旗及び国歌に関する法律案に対する修正案の提案理由及び概要の説明を終わります。ありがとうございます。



☆ 自民党「植竹繁雄」賛成意見、修正案反対意見

 私は、自由民主党を代表して、ただいま議題となっております国旗及び国歌に関する法律案に賛成し、民主党提出の修正案に反対の立場から討論をいたします。

 まず第一に、今日、日の丸・君が代が我が国の国旗・国歌として広く国民の間に定着していることは明らかであります。

 国旗日の丸につきましては、既に江戸時代の末期に我が国の国旗として定められ、自来、一貫して国旗として取り扱われてまいりました。また、国歌君が代につきましては、明治十三年に現在の曲を持つ君が代が完成して以降、国民の中に国歌として定着してまいりました。

 このことは、政府の行った過去の世論調査や最近の報道各社が行った世論調査の結果を見ても明白であり、また、オリンピックやワールドカップサッカーなど各種の国際競技大会においても、多くの国民が日の丸の旗を振り、表彰式では、日の丸が掲揚され、君が代が演奏されております。

 ところが、このように既に定着している日の丸・君が代について、なお一部では、法的根拠がないとして、国旗と国歌であることを認めないというまことに残念な意見もあり、去る二月にみずから命を絶たれた広島県の石川校長は、まさにこのことの犠牲となられたもので、まことに痛ましい限りであります。このような悲劇を二度と繰り返さないためにも、国旗・国歌の法制化を行うことは、大きな意義があると考えます。

 二十一世紀を間近に控えた今日、我が国の歴史、文化、伝統を反映した国旗日の丸と国歌君が代を、成文法で定めるという形できちんと次の世代に引き継いでいくことが、激動の二十世紀を生きてきた私たちの責務であると考えております。

 以上で、私の賛成討論を終わります。



★ 共産党「山原健二郎」反対意見

 私は、日本共産党を代表して、日の丸を国旗とし、君が代を国歌とする本法案に断固反対の立場から討論を行うものであります。

 今、新聞紙上での討論に見られるように、国旗・国歌をめぐって、我が国で史上初めて国民的討論が開始されています。日の丸を国旗と認めるという意見や、日の丸を見ること自体嫌悪を感じるという意見や、君が代は絶対歌いたくないなどの多種多様の意見であります。法案が提出されるや、国民的論議と法案の慎重審議を求める声が大多数となっていることは、御承知のとおりであります。

 六月三十日の朝日新聞における世論調査では、今の国会での成立にこだわらず、十分議論を尽くすべきだとの声が六六%に達し、また、七月十四日付の毎日新聞の世論調査においても、もっと時間をかけて議論をすべきとの声と法制化反対の声を合わせますと、五八%に達しているのであります。今や国民の多数が国旗・国歌について国民的討論を求めていることは明らかであります。

 そうした声にこたえ、国民的討論を保障し、合意形成に努めることこそ、国会と政府に課せられた責務であります。この責務を放棄し、あまつさえ国民的論議を封殺し、しかも、国旗・国歌という国のシンボルを決める法案をわずか十三時間の実質審議で強行するがごときは、言語道断であり、我が国の憲政史上に汚点を残す暴挙と言わなければなりません。

 また、この間の世論調査の大きな特徴は、国会の審議が行われ、政府答弁の矛盾が露呈するに従って、今国会での法制化反対がふえていることであります。NHKが行った六月初めの調査では、法制化賛成が四七%で反対が四八%と、ほぼ拮抗しております。しかし、六月末に行われた朝日の世論調査では、反対が六六%で賛成二五%、七月中旬の毎日の世論調査で、君が代で反対五八%、賛成三六%であり、今や国民の半数以上が法制化反対の声を上げておる事実をどう見るか。

 政府は、これまで日の丸・君が代は国民に定着しておると説明をしてきました。しかし、この間の世論調査は、見事にその根拠が崩れ去ったことを白日のもとにさらしておるのであります。

 この間の地方公聴会、中央公聴会、そして参考人質問で述べられた意見は、反対、賛成がほぼ伯仲するなど、世論が二分されていることが明らかとなりました。国民的に定着しているというのではなく、日の丸・君が代の法制化をめぐって世論が二分されておるのであります。こうした虚構の定着論の破綻を前にして、これを取り繕うために、今度は数を頼りに法律案を通し、しゃにむに国民に押しつけるというのでは、国民を愚弄するにもほどがあると言わなければなりません。

 ある新聞がいみじくも「君が代狂騒曲」とやゆしたように、君が代の政府による新解釈も笑止千万であり、不可解きわまるもので、到底国民的合意を得られるものとはなっておりません。「君」は天皇を指し、「が」が所有の格助詞、そして「代」は国、つなげば天皇の国となり、その歌詞の意味は、天皇の国が永遠に栄えることを願うということになり、国民主権と両立し得ないものであることは明白ではありませんか。いかに装いを凝らそうとも、天皇統治礼賛の君が代の本質は変えることはできないのであります。

 二千数百万のアジアの人々と三百万を超える日本国民が犠牲となった戦争遂行のシンボルとなったのが君が代であり、日の丸でありました。あの凄惨な国民の苦しみを忘れることはできません。あの戦火をくぐり抜けた国民の日の丸・君が代に対する批判を無視し、圧殺することは断じて許されないことであります。

 この法制化が明らかになると、アジアの諸国の有力紙が一斉に、軍国主義の亡霊はなくなっていない、憂慮せざるを得ない右傾化の現象と書きました。国際的に認知されているどころか、国際的に警戒されていることを思い知るべきであります。

 私は、国会議員として一貫して文教委員会に所属しておりました。教育に対する君が代・日の丸の押しつけは、余りにも異常なものがありました。とりわけ、一九八五年に公立小中高等学校における特別活動の実施状況における調査についてという通知が出されてから、教育への押しつけは厳しくなりました。ビデオで教師の口元を写し、写真で恫喝を加え、職務命令の形で実施を迫ったのであります。

 広島の高橋信雄公述人は、教師がみずからの思想、良心を偽って子供の前に立つことほど惨めなことはございません、みずからの教育的良心を偽ることを強制されることは、教師たる資格を剥奪されるに等しいことですと述べました。

 一たん教師になると、憲法に保障された内心の自由が保障されない、そのような事態に教師たちを追い込んだのであります。そして、子供も内心の自由が奪われました。子供たちにとって楽しく晴れがましい舞台である入学式、卒業式が、重苦しいものに変えられていったのであります。教師みずからが自由であるときのみ自由の教育ができるという言葉を引くまでもなく、学校教育において自由と創造性を回復すべきであります。

 先進諸国のサミット参加国の中で、学校の入学式、卒業式で国旗・国歌を強制しているのは我が国だけであります。憲法に保障された良心の自由、内心の自由を保障するために、学校教育に対する押しつけは断固としてやめるべきであります。

 「君が代は国歌ではない、是は天子の徳を讃へるための歌である、国歌とは其平民の心を歌ふたものでなくてはならない、」これは主権在君の時代、絶対制、天皇制のもとにおける内村鑑三の言葉であります。今や主権在民の時代であります。その主権在民の国にふさわしい国旗と国歌が求められておるのであります。

 このために、今からでも遅くはありません、この日の丸を国旗とし、君が代を国歌とする法案を廃案にすることであります。そして、国民的討論による、国民的合意に基づく、国民みずからによる、国民のための国旗・国歌の創造に踏み出すべきであります。これが、二十一世紀の民主日本、平和な日本にふさわしい国歌・国旗になることは想像にかたくありません。日本共産党はそのために全力を尽くすものであります。

 なお、民主党の修正案につきましては賛成しがたいものがあります。したがって、賛成できないことを申し添えまして、討論を終わります。(拍手)



★ 社民党「濱田健一」反対意見

 私は、社会民主党・市民連合を代表しまして、ただいま議題となっております政府提出の国旗及び国歌に関する法律案並びに民主党提出の修正案に対して、反対する立場から討論をいたします。

 さて、通常国会末になって、政府からいわゆる国旗及び国歌に関する法律案が国会提出され、日の丸・君が代法制化がにわかに延長国会の焦点となるに至りました。私は、今なぜ日の丸・君が代を法制化するのか、その十分かつ相当な理由はないと考えるものであります。

 まず、法案提出に至る経過及び審議にかかわって問題点を指摘いたします。

 当初、小渕総理は、現時点では政府として法制化は考えていないと明言していたのであります。それが、六月二十九日、衆議院本会議における我が党の中西績介議員の質問に答えて、よくよく考えてみて、我が国は成文法を旨とする国であることなどから法制化するとおっしゃるのですから、あいた口がふさがりません。日本が成文法の国であることに、よくよく考えてみて気づくなど、それだけで総理の資質が問われるというものではないでしょうか。

 また、今回の法制化については、国民世論が分かれており、慎重な国会審議が求められていたところであります。しかし、地方公聴会、中央公聴会、参考人招致や文教委員会との連合審査は行われたものの、内閣委員会の審議はわずか二日間、九時間半しか行われておらず、極めて不十分であります。社会民主党は、審議に当たって、十分な質疑日程の保障を求めましたが、内閣委員長の職権によって、昨日委員会で採択され、本日を迎えたことは極めて遺憾であります。

 以上を申し上げた上で、法制化の問題点について指摘してまいります。

 まず第一には、これまでも、学習指導要領を盾に学校現場で国旗掲揚、国歌斉唱が強制されてきたという事実に関してであります。

 広島県では、学校現場のさまざまな意見を無視して、卒業式での国歌斉唱を強制するよう県教育委員会が強く命じたため、県立高校の校長が自殺するという痛ましい事件が起こりました。人の命すら奪う事態が起こっているのですから、まずそれを回避するために強制を行わないことが先決でございます。それが、逆に法制化によって強制に法的根拠を与えようというのですから、本末転倒しているばかりか、日本国憲法が保障する内心の自由を侵害するものであると言わざるを得ないのであります。
 今後、日の丸・君が代の強制が、法制化をてこにして、教育の場に限らず、地域や社会の隅々までに掲揚、斉唱を当然のごとく強いることになれば、内心の自由を侵害する危険があることは言うまでもありません。

 第二は、日の丸・君が代をどう認識するかについてであります。

 いまだに日の丸・君が代の問題が指摘されるのは、明治以降、日本が歩んだ侵略と植民地支配の歴史に深く関連していることは言うまでもないことでございます。日の丸・君が代をどう認識するかは、基本的には個人の内心の自由にかかわる問題でありますが、過去の侵略戦争、植民地支配のシンボルとして、アジアの人々に強制してきた歴史的事実をも踏まえなければならないのではないでしょうか。

 戦後、我が国は、過去の侵略戦争、植民地支配を真摯に反省し、日本国憲法のもと、平和国家、民主主義国家たるべく不断の努力を積み上げてきたはずであります。しかし、アジア諸国とその国民に対して、歴史的清算と真の政治的和解が不十分なままであることに思いをいたすとき、法制化は余りにも拙速と言わざるを得ないのであります。

 第三は、果たして日の丸・君が代の法制化が国民世論として定着しているのかという問題であります。

 最近のある報道機関による世論調査を見ますと、もっと時間をかけて論議すべきだという意見と法制化に反対との意見を合わせれば六割近くに達していることからしても、国民世論は法制化に消極的と判断すべきではないでしょうか。しかし、政府は、長年の慣行により定着していると言うのみで、何らその根拠を示していないのであります。むしろ、長年の強制により強制という手法が定着していると言うべきでありましょう。

 第四は、君が代の歌詞の解釈についてでありますが、政府は、日本国憲法のもとでは、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものとの公式見解を明らかにしております。しかし、君が代は、古今和歌集に収録された和歌が起源とされる文学作品であり、その解釈についてもさまざまな見解が示されております。にもかかわらず、政府が特定の解釈を施すことは適切と言えるでしょうか。極めて疑問であります。

 以上、指摘いたしましたとおり、日の丸・君が代は決して我が国の国旗・国歌としてふさわしいものとは言えず、もちろん法制化すべきではありません。言うまでもなく、日の丸・君が代は戦前、侵略のシンボルでありましたし、君が代は戦前、主権者たる天皇をたたえる歌として解釈されてきたのでありますから、主権在民をうたった日本国憲法のもとでふさわしいものではないのであります。その立法動機すら明確に示されておらず、当然踏まえるべき国民的論議も十分なされていない国旗及び国歌に関する法律案に対して、私は反対であります。

 なお、民主党提案の修正案に対しても反対いたします。

 最後に、我が国における国旗・国歌のあり方については、それを法律で定めるべきものであるかどうか、日の丸・君が代が国旗・国歌としてふさわしいものなのかどうかを初めとする、数多くの重要な論点について、広く国民的論議をその合意を得るまで行い、その上で慎重に検討すべきであることを申し上げ、討論を終わります。



☆ 自由党「三沢淳」賛成意見

自由党の三沢淳でございます。

 私は、自由党を代表して、政府提出の国旗及び国歌に関する法律案に賛成し、民主党提出の同法案に対する修正案に反対の討論を行います。

 政府案に賛成する第一の理由は、国旗・国歌の法制化により、自立した責任ある国家日本の精神的基盤を築くことであります。

 世界において、国家を構成せず、国家に所属しないいかなる個人もなく、民族もありません。世界の人々は、当然のこととして自分の国を愛し、誇りを持っております。自由主義の発展も、民主主義の発展も、また人権の擁護も、健全な愛国心に支えられてこそ可能であります。

 我が国においては、戦前の軍国主義の反省から、愛国心イコール偏狭なナショナリズム、反動として敵視され、国家形成の基本であり人格形成の基本である国民の愛国心の涵養がないがしろにされてまいりました。その結果、道徳教育の軽視と相まって、他を思いやる心、社会や国を大切にする心が見失われ、利己主義、享楽主義が蔓延するなど、日本人としてのアイデンティティーを完全に見失うという精神的混乱に陥っております。このままでは、二十一世紀日本に未来はありません。

 歴史上の誤りは率直に認め、反省するとともに、我が国が世界に誇るべきすぐれた文化、伝統は堂々と後世に受け継いでいかなければなりません。かつてドイツが、日本と同じ敗戦国ながら、戦勝国から要求された文化、教育方針の変更を断固としてはねつけ、二千年の歴史の中ではぐくんできた教育と文化を断固として守り抜いたことを想起すべきであります。

 我が国の歴史と伝統を受け継いだ国旗日の丸、国歌君が代を抱くことは、我々の誇りであり、明治以降、日の丸・君が代が日本の独立の象徴として、日本人を励まし、勇気づけ、苛烈な国際社会を生きる力となってきました。国旗・国歌の法制化を契機として、日本人としての誇りと希望を取り戻さなければなりません。(拍手)

 第二は、日の丸・君が代ほど、日本の伝統と文化を体現し、日本の国柄をあらわしているものはないことであります。

 国旗の日章旗日の丸は、七世紀の初めの遣隋使が中国へ持参した国書には日出る処と記し、みずから日本という国号を使用して以来の由来があり、日本という国号を如実にあらわしております。

 国歌君が代の歌詞は、我が国の最も伝統的な国語表現である五七調の和歌であり、しかも敬愛する君の長寿と繁栄を祈る賀歌として、十世紀初めの古今和歌集に由来します。君が代の「君」である天皇は、君臨すれど統治せず、権力ではなく権威の象徴として国民に親しまれてきた、まさに日本が世界に誇るべき歴史と伝統の象徴であります。それは現行憲法にも明確に受け継がれております。また曲も、日本の伝統音楽である雅楽の旋律を受け継いでおります。

 その国の独特の伝統、文化が国旗・国歌にこれほど生かされているのは世界に例がありません。我々は、かかる国旗・国歌を持つことを誇りとすべきであります。

 第三は、我が国の文化、歴史、伝統を次の世代に正しく継承していく必要からであります。

 かつて日本人は、勤勉、忍耐、質素倹約、親孝行、兄弟愛、郷土愛、愛国心といった徳目を賛美し、それを教育の原点として人間形成に努めてまいりました。また、日本という国に生きる自分たちを誇りとしてきました。

 しかし、戦後は、日本の伝統、文化を軽視し、自虐的歴史観に基づく教育のもと、子供たちは日本人として生まれてきたことを恥じるような教育を受けてきたのであります。国旗・国歌をめぐる今日の教育現場の混乱は、かかる教育がいまだ根強く残っている証拠であります。自虐的歴史観からは国を愛する心は生まれません。自分の国を愛することができなければ、誇りや希望も生まれません。

 日の丸・君が代に法的根拠を与え、現状を正し、学校教育のみならず家庭、地域社会においてその意義を伝え、教えることを通じ、日本の文化や歴史、伝統を次代を担う若い世代に正しく継承していかなければなりません。

 第四は、国旗・国歌の法制化は国際的常識であるということであります。

 現在、世界には二百近い国家がありますが、それぞれ独立国家として、その国の歴史や風土、あるいは多くの国民が信ずる宗教など、その国をあらわす国旗・国歌を持っております。しかも、英国など慣習法の国々を除き、ほとんどが法的措置をとっております。この意味で、国旗・国歌の法制化は、国際的視点から見ても当然のことであります。

 最後に、国歌君が代の法制化を認めない民主党の修正案については、日本の伝統、文化を軽視したものであり、断固反対であることを申し述べ、私の討論を終わります。



(出所:第145回国会本会議第47号 平成11年7月22日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/145/0001/14507220001047c.html

2011年5月28日 (土)

日の丸・君が代 ハンタ~イ> 反日ダ〜イスキ(続き)

■■■■ 反日軍・検証(その2)■■■■

「国旗及び国家に関する法律案」投票結果



< 参議院 >


★ No, we dislike Japan.

  朝日 俊弘  伊藤 基隆  今井  澄  
江田 五月   
  小川 勝也  
小川 敏夫  岡崎トミ子  川橋 幸子  
  久保  亘  郡司  彰  
小宮山洋子  輿石  東   
  佐藤 泰介  齋藤  勁  
櫻井  充  笹野 貞子    
  高嶋 良充  竹村 泰子  谷林 正昭  
千葉 景子    
  角田 義一  
福山 哲郎  堀  利和  前川 忠夫  
  松崎 俊久  
円 より子  峰崎 直樹  本岡 昭次            
  
簗瀬  進  山下八洲夫  藁科 滿治  阿部 幸代  
  井上 美代  池田 幹幸  市田 忠義  岩佐 恵美 
  緒方 靖夫  大沢 辰美  笠井  亮  小池  晃    
  小泉 親司  須藤美也子  立木  洋  富樫 練三
  西山登紀子  橋本  敦  畑野 君枝  八田ひろ子 
  林  紀子  筆坂 秀世  宮本 岳志  山下 芳生    
  吉岡 吉典  吉川 春子  大渕 絹子  大脇 雅子         
  梶原 敬義 日下部禧代子  清水 澄子  谷本  巍    
  照屋 寛徳  
田  英夫  福島みずほ  渕上 貞雄          
  三重野栄子  村沢  牧  山本 正和  佐藤 道夫    
  島袋 宗康  菅野 久光  
中村 敦夫                                


☆ Yes, we love Japan.

  阿南 一成  阿部 正俊  青木 幹雄  有馬 朗人
  井上 吉夫  石井 道子  石渡 清元  市川 一朗    
  岩井 國臣  岩城 光英  岩瀬 良三  岩永 浩美    
  上杉 光弘  上野 公成  海老原義彦  尾辻 秀久    
  大島 慶久  大野つや子  太田 豊秋  岡  利定   
  岡野  裕  藤  紀文  加納 時男  狩野  安   
  鹿熊 安正  景山俊太郎  片山虎之助  金田 勝年    
  
釜本 邦茂  鎌田 要人  亀井 郁夫  亀谷 博昭  
  河本 英典  木村  仁  岸  宏一  北岡 秀二  
  久世 公堯  久野 恒一  国井 正幸  小山 孝雄  
  鴻池 祥肇  佐々木知子  佐藤 昭郎  佐藤 泰三  
  斉藤 滋宣  坂野 重信  清水嘉与子  塩崎 恭久    
  陣内 孝雄  須藤良太郎  末広まきこ  鈴木 政二  
  鈴木 正孝  世耕 弘成  田浦  直  田中 直紀  
  田村 公平  竹山  裕  武見 敬三  谷川 秀善    
  常田 享詳  中川 義雄  中島 眞人  中曽根弘文      
  中原  爽  仲道 俊哉  長峯  基  成瀬 守重  
  西田 吉宏  野沢 太三  野間  赳  南野知惠子    
  長谷川道郎  橋本 聖子  馳   浩  畑   恵  
  服部三男雄  林  芳正  日出 英輔  平田 耕一   
  保坂 三蔵  真鍋 賢二  松谷蒼一郎  松村 龍二    
  三浦 一水  水島  裕  溝手 顕正  村上 正邦   
  森下 博之  森田 次夫  森山  裕  矢野 哲朗  
  山内 俊夫  山崎 正昭  山下 善彦  山本 一太    
  依田 智治  吉川 芳男  吉村剛太郎  若林 正俊   
  脇  雅史  足立 良平  浅尾慶一郎  石田 美栄    
  今泉  昭  海野  徹  江本 孟紀  
北澤 俊美       
  小林  元  小山 峰男  佐藤 雄平  寺崎 昭久      
  
直嶋 正行  長谷川 清  平田 健二  広中和歌子    
  本田 良一  松田 岩夫  柳田  稔  吉田 之久    
  和田ひろ子  荒木 清寛  魚住裕一郎  海野 義孝    
  大森 礼子  加藤 修一  風間  昶  木庭健太郎      
  沢 たまき  白浜 一良  高野 博師  但馬 久美   
  続  訓弘  鶴岡  洋  浜田卓二郎  浜四津敏子    
  日笠 勝之  弘友 和夫  福本 潤一  益田 洋介       
  松 あきら  森本 晃司  山下 栄一  山本  保      
  渡辺 孝男  阿曽田 清  泉  信也  入澤  肇    
  扇  千景  田村 秀昭  高橋 令則  月原 茂皓     
  鶴保 庸介  戸田 邦司  平野 貞夫  星野 朋市     
  渡辺 秀央  岩本 荘太  奥村 展三  椎名 素夫   
  菅川 健二  田名部匡省  松岡滿壽男  水野 誠一   
  山崎  力  西川きよし                                  
                              

◆ 不明(本会議欠席 or 採決時退席)

  井上  裕  岩崎 純三  倉田 寛之  勝木 健司  
  木俣 佳丈  内藤 正光  藤井 俊男  松前 達郎  
  菅野  壽  高橋紀世子  
堂本 暁子  石井 一二 
  斎藤 十朗  友部 達夫

(出所:第145回国会 平成11年8月9日)
http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/vote/145/145-0809-v005.htm

2011年5月27日 (金)

日の丸・君が代 ハンタ〜イ> 反日ダ〜イスキ

■■■■ 反日軍・検証(その1)■■■■

「国旗及び国家に関する法律案」投票結果


< 衆議院 >

★ No, we dislike Japan.

  
赤松 広隆  伊藤 忠治  家西  悟  池田 元久
  池端 清一  石毛えい子  石橋 大吉  岩國 哲人
  岩田 順介  上原 康助  生方 幸夫  
枝野 幸男
  
小沢 鋭仁  大畠 章宏  海江田万里  金田 誠一
  
河村たかし  菅  直人  北橋 健治  桑原  豊
  小平 忠正  小林  守  五島 正規  
近藤 昭一
  佐々木秀典  佐藤謙一郎  坂上 富男  末松 義規
  辻  一彦  
土肥 隆一  中桐 伸五  中沢 健次
  葉山  峻  
鉢呂 吉雄  原口 一博  日野 市朗
  肥田美代子  福岡 宗也  
細川 律夫  前原 誠司
  松本 惟子  
松本  龍  山元  勉  山本 譲司
  山本 孝史  
横路 孝弘  石井 郁子  大森  猛
  金子 満   木島日出夫  児玉 健次  穀田 恵二
  佐々木憲昭  佐々木陸海  志位 和夫  瀬古由起子
  辻  第一  寺前  巖  中路 雅弘  中島 武敏
  中林よし子  春名 直章  東中 光雄  平賀 高成
  不破 哲三  藤木 洋子  藤田 スミ  古堅 実吉
  松本 善明  矢島 恒夫  山原健二郎  吉井 英勝
  伊藤  茂  北沢 清功  知久馬二三子 
辻元 清美
  
土井たか子  中川 智子  中西 績介  畠山健治郎
  濱田 健   深田  肇  
保坂 展人  前島 秀行
  
村山 富市  横光 克彦


☆ Yes, we love Japan.


  安倍 晋三  相沢 英之  逢沢 一郎  愛知 和男
  赤城 徳彦  浅野 勝人  麻生 太郎  甘利  明
  荒井 広幸  井奥 貞雄  伊藤 公介  伊藤 達也
  伊吹 文明  飯島 忠義  池田 行彦  石川 要三
  石崎  岳  石破  茂  石原 伸晃  稲垣 実男
  稲葉 大和  今井  宏  今村 雅弘  岩下 栄一
  岩永 峯一  植竹 繁雄  臼井日出男  江口 一雄
  江渡 聡徳  江藤 隆美  衛藤征士郎  衛藤 晟一
  遠藤 武彦  遠藤 利明  小川  元  小此木八郎
  小里 貞利  小澤  潔  小野 晋也  小野寺五典
  小渕 恵三  尾身 幸次  越智 通雄  大石 秀政
  大島 理森  大野 松茂  大野 功統  大原 一三
  大村 秀章  太田 誠一  岡部 英男  奥田 幹生
  奥谷  通  奥野 誠亮  奥山 茂彦  
加藤 紘一
  加藤 卓二  嘉数 知賢  梶山 静六  粕谷  茂
  金子 一義  金田 英行  亀井 静香  亀井 久興
  亀井 善之  鴨下 一郎  川崎 二郎  河井 克行
  河村 建夫  瓦   力  木部 佳昭  木村 隆秀
  木村  勉  木村 義雄  岸田 文雄  岸本 光造
  北村 直人  久間 章生  久野統一郎  鯨岡 兵輔
  熊谷 市雄  熊代 昭彦  倉成 正和  栗原 博久
  栗原 裕康  小泉純一郎  小坂 憲次  小島 敏男
  小杉  隆  
小林 興起  小林 多門  古賀  誠
  古賀 正浩  河野 太郎  河野 洋平  河本 三郎
  高村 正彦  左藤  恵  佐田玄一郎  佐藤 孝行
  佐藤 静雄  佐藤 信二  佐藤 剛男  佐藤  勉
  斉藤斗志二  坂井 隆憲  坂本 剛二  阪上 善秀
  桜井 郁三  桜井  新  櫻内 義雄  桜田 義孝
  笹川  堯  
自見庄三郎  塩谷  立  実川 幸夫
  島村 宜伸  
下地 幹郎  下村 博文  白川 勝彦
  新藤 義孝  菅  義偉  杉浦 正健  杉山 憲夫
  鈴木 俊一  鈴木 恒夫  
鈴木 宗男  砂田 圭佑
  関谷 勝嗣  園田 修光  田中 和徳  田中 昭一
  
田中眞紀子  田邉 國男 田野瀬良太郎  田村 憲久
  高市 早苗  高鳥  修  高橋 一郎  滝   実
  竹本 直一  武部  勤  橘 康太郎  棚橋 泰文
  谷  洋一  谷垣 禎一  谷川 和穗  谷畑  孝
  玉沢徳一郎  近岡理一郎  中馬 弘毅  津島 雄二
  戸井田 徹  虎島 和夫  中川 昭一  中川 秀直
  中曽根康弘  中谷  元  中野 正志  中村正三郎
  中山 太郎  中山 利生  中山 成彬  中山 正暉
  仲村 正治  長勢 甚遠  丹羽 雄哉  西川 公也
  西田  司  額賀福志郎  根本  匠  能勢 和子
  野田 聖子  
野中 広務  野呂田芳成  葉梨 信行
  萩野 浩基  萩山 教嚴  橋本龍太郎  蓮実  進
  浜田 靖一  林田  彪  原 健三郎  原田昇左右
  原田 義昭  桧田  仁  平沢 勝栄  平沼 赳夫
  平林 鴻三  深谷 隆司  福田 康夫  福永 信彦
  藤井 孝男  藤波 孝生  藤本 孝雄  二田 孝治
  船田  元  古屋 圭司  保利 耕輔  穂積 良行
  細田 博之  堀内 光雄  堀之内久男  牧野 隆守
  増田 敏男  町村 信孝  松岡 利勝  松下 忠洋
  松永  光  松本 和那  松本  純 三ッ林弥太郎
  三塚  博  御法川英文  水野 賢一  宮腰 光寛
  宮澤 喜一  宮路 和明  宮下 創平  宮島 大典
  宮本 一三  武藤 嘉文  村井  仁  村岡 兼造
  村上誠一郎  村田敬次郎  村田 吉隆  村山 達雄
  目片  信  持永 和見  望月 義夫  茂木 敏充
  森  英介  森  喜朗  森田 健作  森田  一
  森山 眞弓  八代 英太  矢上 雅義  谷津 義男
  保岡 興治  柳沢 伯夫  柳本 卓治  山口 俊一
  山口 泰明  
山崎  拓  山下 徳夫  山中 貞則
  山本 公一  山本 幸三  山本 有二  
与謝野 馨
  横内 正明  吉川 貴盛 吉田六左エ門  米田 建三
  渡辺 具能  渡辺 博道  渡辺 喜美  綿貫 民輔
  
安住  淳  伊藤 英成  石井  一  上田 清司
  
岡田 克也  奥田  建  鹿野 道彦  鍵田 節哉
  
川内 博史  川端 達夫  神田  厚  北橋 健治
  熊谷  弘  
玄葉光一郎  木幡 弘道  古賀 一成
  今田 保典  佐藤 敬夫  島   聡  島津 尚純
  城島 正光  
仙谷 由人  田中 慶秋  田中  甲
  
高木 義明  玉置 一弥  樽床 伸二  中川 正春
  
中野 寛成  中山 義活  永井 英慈  羽田  孜
  畑 英次郎  
鳩山由紀夫  平野 博文  藤田 幸久
  藤村  修  
古川 元久  堀込 征雄  前田 武志
  松崎 公昭  松沢 成文  吉田  治  吉田 公一
  
渡辺  周  青山 二三  赤羽 一嘉  赤松 正雄
  井上 義久  池坊 保子  石井 啓一  石垣 一夫
  石田 勝之  石田幸四郎  市川 雄一  上田  勇
  漆原 良夫  遠藤 乙彦  遠藤 和良  小沢 辰男
  大口 善徳  大野由利子  太田 昭宏  近江巳記夫
  長内 順一  河合 正智  河上 覃雄  神崎 武法
  木村 太郎  北側 一雄  旭道山和泰  久保 哲司
  草川 昭三  倉田 栄喜  佐藤 茂樹  斉藤 鉄夫
  坂口  力  白保 台一  田端 正広  谷口 隆義
  冨沢 篤紘  富田 茂之  中野  清  並木 正芳
  西  博義  西川 知雄  東  順治  平田 米男
  福島  豊  福留 泰蔵  冬柴 鐵三  前田  正
  桝屋 敬悟  丸谷 佳織  宮地 正介  山中あき子
  若松 謙維  安倍 基雄  青木 宏之  青山  丘
  東  祥三  井上 一成  井上 喜一  一川 保夫
  岩浅 嘉仁  江崎 鐵磨  
小沢 一郎  岡島 正之
  加藤 六月  海部 俊樹  小池百合子  権藤 恒夫
  佐々木洋平  笹山 登生  武山百合子  
達増 拓也
  
中井  洽  中西 啓介  中村 鋭一  二階 俊博
  西川太一郎  西田  猛  西野  陽  西村 章三
  西村 眞悟  野田  毅  
藤井 裕久  二見 伸明
  松浪健四郎  三沢  淳  吉田 幸弘  米津 等史
  鰐淵 俊之  笹木 竜三  園田 博之  武村 正義
  粟屋 敏信  栗本慎一郎  土屋 品子  中村喜四郎
  
渡部 恒三


(出所:第145回国会本会議第47号 平成11年7月22日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/145/0001/14507220001047c.html

2011年5月26日 (木)

鬼の居ぬ間に > チョクトくん、アデュー

 今日から始まるドービル・サミット、チョクトくん、がんばってね。くれぐれも、日本国民に恥をかかせないで下さいね。

 健全な精神を宿している日本全国の皆様、5日間、日本でチョクトくんの顔を見なくてすむと思うと、心がとっても安らぎませんか。チョクトくんが居ない、束の間の安息日。内閣府のお役人の皆様も、あと3日間は、ゆっくりとご静養なさって下さい。

 そして、こういう時は、こういう曲を聞いて、英気を養いましょう。




 これが、音楽の力。理屈抜きに元気になります。私達、国民は、被災者の皆様に、一日も早く、この笑顔と活力をプレゼントしなければなりません。そのためには、早期の福島原発放射能拡散の終息と仮設住宅全戸完成が急務です。

 何故、二ヶ月半にも経つのに、目に見える復興が少しも進まないないのでしょう。

 それは、日本と日本人を貶めようと画策している方々、則ち、内なる敵が日本国内に大勢いるからです。彼らは、「がんばろう NPPON」と連呼する一方で、自分たちは、決して汗をかこうとはしません。

 このままでは、本当に、日本は疲弊してしまいます。

 これまで、大多数の日本の良民は、納税の義務を果たす一方で、政治のことは政治家に任せっきりでしたが、昨今の民主党政権、あまりにも酷すぎます。わざと復興を遅らせているとしか思えません。悪意さえ感じます。いえ、はっきり、言いましょう。民主党の皆様からは、日本人のDNAと感性が全くと言っていいほど、匂ってきません。

 直近の韓国の国会議員の国後島訪問の民主党の対応一つを見ても、そのことが読み取れます。彼らのこころの祖国は、かの国なのです。私達のNIPPONではないのです。
 
 こうなったら、毅然と、私達日本の民間人の底力と威勢を民主党にぶつけていきましょう。さあ、Wach auf ! 内なる反日集団にプレッシャーをかけていきましょう。




 先ずは、小手調べ。ご近所さんの民主党応援のポスターが張ってある家に、自作の民主党批判のチラシをポスティングしてみましょう。

 それから、地元選出の民主党の市町村、県議会、国会議員に、抗議のメール・Fax・電話・お手紙を暇を見ながらどしどし出しましょう。彼らは、他人を批判・反対することは大得意ですが、自らが批判・反対の対象になると、すぐ火病をおこします。

 加えて、彼ら自身には議員としての実績も資質も皆無ですから、経験知を踏まえた私達のようなごく普通の一般庶民レベルからの反撃には、非常に弱いものと思われます。その点では、日本の良民が或る程度まとまって、攻撃を開始し始めたら、案外もろく、民主党は解体してしまうかも知れません。

 < 閑話休題 >

 自衛隊の皆様、この度の浦安市の被災に対しましては、速効での惜しみないご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。お陰様で、何不自由のない生活ができております。皆様のご尽力、一浦安市民として、感謝に堪えません。本当にありがとうございました。


2011年5月25日 (水)

奢れる人も久しからず > さあ、政権交代

< 平家物語 巻第一 >

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。奢れる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高・漢の王莽・梁の周伊・唐の禄山、是等は皆旧主先皇の政にも従はず、楽みをきはめ、諌をも思ひいれず、天下の乱れむ事をさとらずして、民間の愁る所を知らざッしかば、久しからずして、亡じにし者ども也。

 近く本朝をうかゞふに、承平の将門・天慶の純友・康和の義親・平治の信頼、此等は奢れる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申し人のありさま、伝うけ給るこそ、心も詞も及ばれね。

 (出典「平家物語」2008年ワイド版岩波文庫)

 ◆ 平清盛(1118-1181)享年64才
   独裁政治 22年間(1159平治の乱-1181)

012

 ◆ ヨシフ・スターリン(1879.12〜1953.3)73才
   ソ連共産党書記長
   独裁政治 30年間(1922.4-1953.3)

013

 ◆ 毛沢東(1893.12-1976.9)82才
   中国共産党中央委員会主席
   独裁政治 27年間(1949.9-1976.9) 

014

 ◆ アドルフ・ヒットラー(1889.4-1945.4)55才
   ドイツ国総統
   独裁政治 10年間(1934.8-1945.4)

015

 ◆ 菅直人(1946.10 〜)64才
   日本国内閣総理大臣
   独裁政治 1年(2010.6.8 〜)

016


2011年5月24日 (火)

中国はお好き?韓国はお好き?

 この21・22日の両日、「温家宝中国首相・李明博韓国大統領」来日反対の抗議活動に参加してきました。

009

 

 抗議場所は、21日が議員会館・民主党本部・赤坂見附、22日が丸の内OAZO・経団連でした。

 「シュプレヒコール」オーー!で始まって、「オンカホウ」カエレー!、「タケシマ」ダッカン!、「センカク」マモレ!、「ケイダンレン」ハジヲシレーー!、等々、大声で叫び続けました。お陰様でスッキリ。絶好調の週初のスタートです。

(詳細はこちら)
http://www.youtube.com/watch?v=GZpVraCgdgQ&

 そんな中、管首相は、21日、福島で温家宝と李明博と落ち合って、見え見えの小賢しいパフォーマスを繰り広げた後、夜は迎賓館で晩餐会。22日は、午前中は日・中・韓の首脳会談、お昼は経団連で昼食会、午後は日韓首脳会談と、原発も被災者救済もそっちのけで、特亜のお友達と二日間、優雅におたわむれなされました。

 日本人は、だ〜あ〜れ?

010

 左から、福島県知事、チョクトくん、アキヒロくん、一人おいて(この人何物?)カホウくん。

 
 それにしても、単に風評被害防止目的だけだったら、チョクトくんの心の故郷から、ヨン様かキモヨナを呼び寄せた方が、よっぽど効果あるんでナイカイ?(電通さまのお許しが出なかった?)

 いまだに2ヶ月も避難生活を続けなければならない被災者の皆様のご心情をお察しするに、特亜の見知らぬえら〜いオジサマ方から、いきなり、ニイハオ、アンニョンハセヨと作り笑いで声をかけられても、うざったいだけですよねぇ。正直、被災者の皆様の本音も、「オンカホウ」カエレ、「アキヒロ」カエレ、だと思います。

 チョクトくん、今、君がやらなければならないのは、SMAPと温家宝を引き合わせることではなく、一日も早く福島原発の放射能拡散を完璧に終息させることと、避難者15万人の仮設住宅建設です。

 今週も、ノーテンキで本場のおふらんす料理をぱくついているようであれば、健全な日本国民のDNAは、我慢の限界、きっと爆発しますよ。

 内弁慶のチョクトくん、オバマくんと、目と目を見詰め合って、きちんと対談してくるんですよ。伏し目がちで原稿にかじりつく姿は、相手に対しても非礼極まりません。いいですか、堂々と胸を張って、背筋を伸ばして、各国首脳の目を直視しつつ、明るく通る声で、話し合いに参加して来るんですよ。集合写真も、オバマかサルコジの隣を強引に確保しなさい。

 G8、卑屈な我が国首相の姿を、国民は、もう見たくありません。

 それから、帰国後は、これ以上日本と日本人をを貶めないで頂きたい。オフィシャルでは、あなたは、一応、日本人なんですからネ。いつまでも、< I'm Zapanese ! > は許しませんぞ。

 それでは、世界の桧舞台、頑張ってきてくれたまえ。ご健闘を祈る! By Mission Impossible

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(二階堂さまからお借りしました)

2011年5月23日 (月)

浦安市千葉県議選、内田悦嗣さん(自民党)見事トップ当選

投票結果(定数2):5月22日

内田えつし(自民)  16,078票(  42%)当選 
矢崎けんたろう(民主)11,739票(  31%)当選
三原としはる(みんな)10,221票(  27%)
得票合計       38,038票(100%)

 何かと話題を振りまいた1ヶ月遅れの浦安市の県議選でしたが、自民党公認の内田悦嗣さんが前回同様、トップ当選を果たされました。よかった、よかった。

 投票日前日の夕刻、たまたま浦安駅を降りたら、駅前広場で内田さんの最終演説会が始まるところでした。


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    黄色いスーツ姿は応援にかけつけた猪口邦子さん

 内田さん、見た目は失礼ながら、一見、浦安魚市場のおっさん風ですが、その風貌がかえって、現場も解る「出来る男」を感じさせます。伊達に、二階堂どっとこむで激賞されていた訳ではないようです。圧勝でした。

 片や民主党の矢崎さんは、滑り込みセーフ。直前に立候補を表明したみんなの党の三原さんに1,500票差まで詰め寄られてしまいました。正に、31%という低投票率に助けられたという感じ。前回並みの投票率(38%)であれば、間違いなくアウトだったでしょう。

 ちなみに、矢崎さんの Web Site を一度ご覧になって見て下さい。この方は被災から2ヶ月間、現職県議として一体何をしていたのでしょう。同じ現職県議の内田さんとは雲泥の差が歴然です。

 プロフでは矢崎さんは元銀行員のようですから、少なくとも現実を把握する能力はおありだとは思うのですが、矢張り、民主党から立候補する程度の方ですから、現実は理解できても、対応処理能力は全く欠如?なのかも知れません。

 91年4月に社会人になったとありますから、おじさん世代としては、その辺は妙に納得してしまいます。

 何はともあれ、当選おめでとう。今後4年間のお二人のご活躍を祈念しましょう。そして根性をだして、浦安を今まで以上のワクワクするベイエリアにしていきましょう。
 
 < 麻生閣下、輝きの応援演説 >
 
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14533330
(5月19日:浦安駅前)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14533884
(5月19日:新浦安駅前)

アップ主しおみずさん、乙です。

さあ、「そのけん」さん、いよいよ、出番ですよ。

2011年5月 1日 (日)

保守系市長を当選させた浦安市民の僥倖

 先ずは、日本文化チャンネル桜、一昨日放送の番組をご覧下さい。

<【日いづる国から】薗浦健太郎、いざというときこそ経験と人脈[桜H23/4/29]>

http://www.youtube.com/watch?v=urd7aNRxYRk&feature=youtube_gdata

 この番組で、前衆議院議員の薗浦さんも仰有っておりますが、今回の震災被害に際しては、実績と経験を積んだ松崎市長であったからこそ、短期間でライフラインを復旧させ得たのです。

 もし仮に、O女史が当選していたなら、彼女の力量では、このような短期間で復旧はできなかったでしょう。

 その理由は、これまでずっと、批判ばかりするのが彼女の日常のお仕事でしたから、彼女には、リーダーとしての資質も実力も経験も人脈も全て欠落しているからです。

 この種の人間は、平常時にはその強弁を武器に、政治屋特有のパフォーマンスをあちこちで繰り広げて得意げに自己の存在をアピールしますが、一転して、危機の最中には、ただ、おたおたするだけで自らが汗をかくことは一切しません。

 恐らく、O女史が市長だった場合、今回の液状化の現実を目の前にして、ただひたすら前任者の悪口を言い、ただひたすら前任者に全ての責任をおしつけ、ただひたすら彼女自身は保身を図る。その辺は管総理を見ればお分かりでしょう。

 それ以前に、現場職員がアンチ市長派でまとまり、行政が大混乱となっていることでしょう。

 良識ある浦安市民が今回も松崎市長を選んだたことで、浦安市は救われました。

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