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2013年8月13日 (火)

この厄介な国、中国(第2回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >


「指桑罵槐」とはなにか



 中国人の行動原理を表わすものに、「指桑罵槐(桑を指して槐を罵る)」ということわざがある。桑は畑に植えられる木で、葉は蚕のエサになるが、槐は街路樹や庭木として植えられ、家具を作る際の材料となる喬木であって、似ても似つかない。つまり「桑の木を指して槐を罵る」というのは、「本当の怒りの対象とはぜんぜん別のものを攻撃する」という意味である。

「ニワトリを指して犬を罵る」と言っても意味は同じである。

 中国人が怒っているとき、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。中国人は、どんなときも表立って誰かを批判したり、攻撃することはけっしてない。当事者を直接批判することはほとんどなく、この「桑を指して槐を罵る」というやり方を採る。つまり、ある相手を攻撃しているように見せて、実は別のところにいる人を批判しているのである。

 だから、もし中国人が面と向かって罵り言葉や批判を投げ付けたときには、それにただちに反応してはならない。よく相手を観察し、彼らが真に攻撃したい対象が別のところにあるのでほないかと考えるべきである,言い換えるなら、彼らが書かないこと、語らないことにこそ、事の本質が潜んでいるとみるべきなのである。

 そのことが最も顕著に現われるのが外交関係である。

 その典型的な例が、二〇〇一年に再燃したいわゆる歴史教科書問題である。ここでは、一九八二年に起きた教科書問題を取り上げてみよう。これは、文部省が世界史の教科書の検定で「侵略」という表現を「進出」に書き直させたと日本の新聞が報じたことがきっかけで、中国で大々的な反日キャンペーンが起こり、外交問題となった事件である。

 しかし、念のために付け加えるなら、この発端となった日本の新聞報道はまったくの誤報で、後の調査でも書替えが行なわれた教科書は一冊も確認されなかった。だが、当時はそれが事実として論じられていたのである。

 この「誤報」に対して、当初、中国当局はきわめて無関心であった。

 日本の新聞が初めて教科書検定における文部省の「圧力」を問題にしたのは、この年の六月二十六日のことである。この報道が出た直後、中国ではただ一紙『人民日報』にだけ記事が出たが、コメント抜きで新華社電を引用しただけの、ひじょうにクールなもので、またそれにつづく報道もまったく見られなかった。連日、文部省批判が繰り広げられていた日本とは大違いであった。

 しかし、これは考えてみれば当然のことで、教科書検定は日本の内政問題であり、本来、中国が発言すべき筋合いのものではない。

 ところがそれから一ヶ月後に、事態は一変する。一ヶ月前には無関心だった『人民日報』が、突如として「この教訓はしっかりと覚えておくべきだ」との評論を発表した。そして、これ以後、中国の政府やマスコミの論調が、雪崩を打って反日強硬路線になっていった。明らかに、この対日批判の後ろには中国高官が関与していた。

 私は、この中国の急変ぶりを見て、「ああ、また " 指桑罵槐 " か始まったな」と思った。彼らがこれほど露骨な日本攻撃をしてくる背後には、もっと別の意図があるにちがいない、中国のマスコミは日本攻撃を利用することで、誰か別の相手を罵っているのである。




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