« この厄介な国、中国(第2回) | トップページ | この厄介な国、中国(第4回) »

2013年8月14日 (水)

この厄介な国、中国(第3回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
歴史教科書問題の火付け


 日本の最初の新聞報道から二ヶ月ほどたったころ、いよいよ主役が姿を現わした。人民解放軍である。八月二日付の人民解放軍機関紙に、次のような論説が掲載された。「今回の教科書問題で、日本の野望は明確になった。日本人は再び中国を侵略するつもりである」・・・・論文にはそこまでしか書かれていないが、その意図するところは誰にでも分かる。つまり「日本の再侵略に備えるために人民解放軍を強化しろ」と言うわけである。

 これを読んで、私はすべてがよく見えるようになった。中国マスコミが日本批判を繰り広げている陰で糸を引いているのは、人民解放軍の長老たちであった。そして、その軍の長老たちが本当に攻撃したがっているのは、中国共産党中央、もっと正確に言えば、当時中国の最高権力者であった鄧小平だったのである。

 文化大革命によって、中国では党と行政の組織が完全に破壊され、混乱が長くつづいたことは、読者もご存じのことだろう。工業生産はおろか、食料生産も止まり、数十万、数百万の餓死者が出た。そんな中で唯一無傷であったのが人民解放軍であった。軍は文革の混乱の中、うまく立ち回り、その影響を受けなかった。この結果、中国において軍の力が強くなり、彼らの意向を無視してはなにも決められない状態になったのである。幸い、鄧小平自身は、国共内戦中(一九二七年~三七年および四五~四九年の中国国民党と中国共産党の内戦)には人民解放軍第二野戦軍の政治委員であったため、軍人の間に太い人脈を持っており、目下のところ、軍をある程度は抑えていける。だが、その後継者と目されている胡耀邦らには軍歴がなく、軍を掌握していくことはできそうにもない。これが当時・・・・そしていまも・・・・の中国が抱えている最大の問題である。

 そこで鄧小平は、いまや共産党内で軍の最も強力な権力機構となった党中央軍事委員会を廃止し、国家軍事委員会に移管することによって、軍の力を弱めるというドラスチックな改革をやろうとしていた。

 これに対して、当時総参課長であった楊尚昆をはじめとする、国共内戦以来、人民解放軍を率いてきた長老たちが危機感を覚えたのは言うまでもない。何とか、鄧小平に揺さぶりをかけ、彼の改革に歯止めをかけたい・・・・そんなときに起こったのが、日本の教科書問題であった。彼らはこれが鄧小平攻撃の格好の材料に使えることに気づいたわけである。

 だから、軍の長老にとって、実は教科書問題などどうでもよかった。そもそも日本のマスコミは「侵略」が「進出」に書き替えられたと騒いでいるが、その「進出」という言葉の意味すら中国人にはピンとこないのである。

 実は、この問題が反日キャンペーンに発展したあとになって、新華社通信が「進出」の意味を解説している。中国語では「進」は「入」と同じ意味であるし、「進出」という中国語もない。そのため「進出」という語を中国流にあえて読めば「出入」という意味だと思われてしまう。だから、この教科書問題について、一般の中国人には言葉の意味すら分からない。当然、なにが問題なのかということも分からなかった。このことからも、教科書問題キャンペーンが中国人民の自発的な感情から生じたものではなく、一部の意志に基づいて仕組まれたものであることは一目瞭然なのである。




« この厄介な国、中国(第2回) | トップページ | この厄介な国、中国(第4回) »

清濁」カテゴリの記事