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2013年8月15日 (木)

この厄介な国、中国(第4回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
他人はすべて敵


 大家族の中で暮らすのが理想・・・・これは一見すると、ひじょうに美しく麗しく、懐かしい話に聞こえるかもしれない。しかし、日本人とまったく違うのは、中国人の場合、これは裏を返せば、同じコミュニティーに属さない人間はまったく信用しない、ということに繋がる点である。

 つまり、他人はすべて敵であり、油断をすれば、いつ寝首を掻かれるか分からないという考えが、中国人のメンタリティーの中に牢固として根ざしているのである。

 台湾の作家・柏揚が書いた『醜い中国人』(光文社刊)、これは中国人の書いた中国論の中で出色のものだと考えているが、その中に、こういう話が記されている。

 柏揚氏が講演旅行のためにアメリカに行ったとき、アメリカ在住の友だち(中国人)から忠告されたことがひとつあった。それは「ドアを通ったら、次に来る人のために、そのドアを押さえていろ」というアドバイスである。

 しかし、大陸生まれで台湾で長く暮らした柏楊氏には、なぜ、そんなことをするのか理解できなかった。「赤の他人のために、そんなことをしてやる義理はない」と彼は思う。

 それでビルに入るときに、いつものとおりにビルの入り口で、ドアを後ろも見ずにバタンと閉めた。すると、後ろから悲鳴が聞こえてくるではないか。振り返ると、戻ってきたドアにぶつかつて老人が引っくり返って、大騒ぎになっている。

 そこでさすがに反省した柏楊氏は、次からは自分につづく人のためにドアを押さえてみることにした。すると仰天したことに、ドアを押さえてもらったアメリカ人たちが、彼に「サンキュー」と言うではないか。

 なにしろ、「ありがとう」などという言葉は、中国人社会において、他人には絶対使わない文句である。自分も言わないが、相手も言ってくれない・・・・これが普通の社会だと思っていたところ、ドアを押さえておいたくらいで、「ありがとう」とは・・・・。

 しかし、驚くと同時に柏楊氏は、何だか温かい気持ちになった。「そうか、他人から『ありがとう』と言われるのは、こんなに気持ちがいいことなのか」、彼は台湾に帰っても、この習慣を守ろうと心に決めた。

 さて、台湾に戻った柏楊氏は、さっそくアメリカで覚えた習慣を実践した。台北市内のビルに入ったとき、後ろから来る人のために、ドアを押さえてあげたのである。すると、後ろからきた女性が、ドアを押さえている彼を「死んだ魚のような目」でジロッと睨んだのである。それは「いったい、こいつは何の下心があるのか」という顔であったという。

 この話は日本人から見れば、できすぎた笑い話に聞こえるかもしれない。だが、これこそが中国人の真骨頂なのである。中国人にとって、他人はすべて敵である。だから、見ず知らずの他人が自分に親切心を見せても、そこには何らかの打算や罠があるにちがいないと彼らは考える。もし、そこで「ありがとう」などと言えば、かえって付け込まれるのではないかと身構えるのである。

 中国大陸を旅行した多くの人が口にするのは、中国人商店のサービス精神の欠如である。実際に中国を旅行された方はよく分かると思うが、中国人の店員というのは、まずもって無愛想である。

 なにしろ、こちらは客だというのに、店員は「いったいお前はなにしにきた」という顔である。日本なら、こちらが呼ぶ前に店員が飛んでくるのだが、中国では呼んでもすぐにはやってこない・・・・こういう情景を見て、たいていの日本人は「だから共産主義はだめなんですよ」と言うのだが、それは見当違いの発想である。

 そもそも中国人に日本流のサービス精神など、最初から存在しない。「買うのかどうだか分からない客に、愛想を振りまいても一銭の得にもならない」というのは、中国の伝統的メンタリティーであり、共産主義とは関係ない。

(ただし、日本人客専用の土産物屋は別である。だがそれは、「日本人に対しては、むやみやたらに媚びを売り、愛想を振りまくのが儲けるコツ」と彼らが学習しているにすぎない。日本人のように、「お客さまは神様」などと思ってやっているわけでは、けっしてない)




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