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2013年8月16日 (金)

この厄介な国、中国(第5回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
殺伐たる夫婦関係


 宴会や会議と並んで、相手の人脈を探るうえで重要なのは麻雀である。

 中国の麻雀パーティーは、たいてい有力者の奥さんが主催者である。旦那はいつも宴会で飛び歩いているから、奥さんは閑を持てあましている。そこで毎晩のように、権力者の家庭では麻雀パーティーが開かれ、そこには出世欲に満ちた部下たちが集まるという寸法。

 ただし、この様子を日本人は、「なるほど、ボスの奥さんにゴマを擦っておこうというわけだ」と早合点するが、それは間違いである。そうではなくて、自分のボスの弱味を最も知っているのが、その奥さんだからである。奥さんと仲よくなることによって、ボスの弱点を摑み、そこから出世の糸口を探そうというのである。また、同期のライバルたちに「俺はボスの奥さんとも仲がいいのだ」と知らしめることで、彼らの戦意を沮喪させようという意味もある。

 中国人は一歩表に出れば、敵だらけだと思っていると書いたが、実のところは、それ以上に厳しい世界に住んでいる。彼らは家庭に帰っても、気を緩めることができない。なにしろ、男にとって最大の敵は、自分の妻であるからだ。

 妻ほど自分の私生活を知りつくしている人間はいない。つまり自分の弱点を最も握っている危険人物は、妻なのである。

 どうして、中国において夫婦間が敵対関係になるのか・・・・その理由はいくつかあるが、その最大の原因は中国社会が父系社会であることにある。

 ご存じのように、中国では結婚しても女性は姓が変わらない。いまの日本では夫婦別姓論議がさかんだが、中国の場合、女性の姓が変わらないのは、彼女の地位が高いからではない。結婚しても姓が変わらないというのは、要するに、いつまでたってもよそ者扱いされているということである。

 極論を言えば、中国において女性とは、跡継ぎを作るための道具に他ならない。もちろん、この場合の跡継ぎとは、男の子のことであを女の子を産むようでは問題外である。

 なぜそこまで男の子にこだわるのかというと、中国では男系の子孫だけが死んだ人の魂を祀ることができるからである。そうでない者、つまり娘がいくら供物をしても、それは死者の口に届かない。そのため、男系の子孫が絶えた家では、死者は永遠に腹を空かせていなければならない・・・・だから、男の子を産むかどうかが「家」の最大の関心事となるのである。

 しかし、男の子を産んだからといって、扱いが変わるわけではない。あくまでもよそ者はよそ者なのだが、跡継ぎの母親ということで、多少大事にされるくらいのことである。

 先年話題になった『ワイルド・スワン』(講談社刊)では、主人公のお婆さんの世代の話(つまり、革命前の時代)が事細かに書かれている。それを読めばよくお分かりいただけると思うが、要するに嫁に来た女性というのは実質的には奴隷である。働かされるだけ働かされて、さらには跡継ぎを催促され、男の子が生まれなければ、ただちに放り出される。
 
『ワイルド・スワン』のおばあさんは、せっかく男の子を産んだのだが、「うちに必要なのは跡継ぎだけだ」と言われて、婚家から放り出されてしまう。このメンタリティーは、革命後の中国でも基本的には変わらない。

 ちなみに、今日の中国の都市では一人っ子政策が採られているのはご存じのとおりだが、男女の出生率は最新版の中国統計年鑑によると女子百に対し、男子百十七である。普通どんな人種でも、出生時の性比は男子のほうが若干高めになるのだが、それでも女子百に対し、男子は百五ないし百六である。この中国の出生性比は不自然であり、何らかの人為的な力が働いていると考えるのが自然だが、いずれにしても、現代中国においても男系重視の伝統は脈々と流れつづけている。

 そんなわけだから、いきおい女性のほうも防衛上、強かにならざるをえない。ありとあらゆる手段を講じ、亭主の弱昧を摑んでいなければ自分の身が危なくなる。ちなみに、中国人の夫婦ゲンカの激しさは有名な話で、たがいに大声で罵りあい、近所の人や通行人にまで自分の正当性や相手の不実を訴えるわけだが、これもまた「バルネラビリティの原理」なのである。

 そうなると、今度は夫のほうでも防衛策を講じることになる。妻に弱昧を見せないのは当然のこと、妻の弱昧を摑まえようと必死になる・・・・かくして、中国の夫婦関係はどんどん殺伐たるものになっていくのである。

 中国史には毒婦、悪妻の例は、殷の紂王の妲己から始まって、毛沢束の江青夫人に至 るまで枚挙に暇がないが、それは当然のことなのである。




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