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2013年8月

2013年8月31日 (土)

民団から圧倒的信頼を勝ち得ている野田佳彦くん




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< 日本の「反韓行動」非難=民団団長と面談-朴大統領 >
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013082800734

【ソウル時事】韓国の朴槿恵大統領は28日、ソウルで在日本大韓民国民団の呉公太団長らと面談し、「日本の右翼団体らの『反韓行動』は合理化できない。韓国政府も日本政府にこの問題の深刻性を伝え、解決を求めている」と語った。在日韓国人の排斥を掲げたデモなどを非難したとみられる。大統領府が明らかにした。 

 朴大統領は「現在、両国の国民の間では信頼の裾野が広がっている半面、一部の日本の政治家の歴史退行的言動で、韓日間の対立が続いており残念だ」と強調。「日本の政治指導者が、歴史を直視し、(韓国)国民の傷を癒やす勇気あるリーダーシップを見せてくれることを望む」と改めて訴えた。

 これに対し
呉団長は、日韓関係改善のため、民団が橋渡しの役割を果たしていくと伝えた。

 ( 現民団団長、呉公太、66才児 )
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< 来韓の民団団長「右翼の活動が在日同胞の脅威に」>
 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/08/27/2013082703152.html

【ソウル聯合ニュース】韓国の姜昌熙国会議長は27日、呉公太中央本部団長をはじめとする在日本大韓民国民団(民団)幹部8人の表敬訪問を受け、在外国民の安全や投票権保障などについて意見を交わした。

 呉団長は「安倍晋三首相の就任以降、『在日特権を許さない市民の会』(在特会)など右翼勢力の活動で
在日同胞の安全な生活が脅かされている」と述べ、この問題に韓国政府が関心を持つよう求めた。

 幹部らはまた、日本に暮らす韓国国民の投票権を保障するため、在外選挙人の登録申請を郵便で受け付ける制度の導入などを要請した。在外国民は昨年の国政選挙から投票できるようになった。

 姜議長は「近ごろ日本の政治家らによる『妄言』が相次いで韓日関係が悪化し、議会間の交流も行われていない。早期に韓日関係が好転し、
在日同胞が安心してビジネスを行えるようになってほしい」と語った。

 ( 民団幹部の表敬訪問を受けた姜国会議長、右から4人目 )
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 いつも不思議に思っているのですが、韓国って漢字は原則廃止したはずなのに、どうして、お名前だけは、未だに漢字使用を許しているんでしょう。

 実際問題、リアル社会でのご自分たちの署名は、ハングル?

 だって、彼らはもはや、漢字の読み書きができないんでしょう。それとも、流石に、ご自分の名前だけは漢字で書ける?

 で、どうでも言いことなんですが、現民団団長の呉公太くんは、ゴ・コウタではなく、オ・ゴンテと仰有るんだそうです。ふぅ~ん・・・・。

 このコウタくんと言えば、ご存知、長野県は岡谷市のパチンコ御殿のお殿さまで、27店舗の遊技場を経営する三公商事のえら~い経営者さまなんです。なんとこの会社、就活までなさってらっしゃいます( https://job.rikunabi.com/2014/company/top/r543620046/ )。

 そのコウタくんに、長年、目をかけてもらっていたのが、昨年衆院選で目出度くご落選なさったみんちゅ党の「下条みつ」くんです(長野2区)。

 そうです。

 民団からの献金と秘書へのパワハラで問題になった方ですね、大手増すゴミ諸君は殆ど報道しておりませんけど。


 
< 民主党防衛政務官「民団」団長から310万円の問題献金が判明 >
 http://www.news-postseven.com/archives/20120613_118014.html

 
またしても民主党政権で在日外国人からの政治献金問題が判明した。

 
防衛大臣政務官の下条みつ氏が、在日本大韓民国民団の団長から、献金を受け取っていたのだ。民団は会員数50万人を数える在日韓国人などのための組織で、団長の呉公太氏は今年2月にトップに就任した。

 下条氏の政治団体である「みつの会」の収支報告書を見ると、平成20年から22年まで、それぞれ、100万円、110万円、100万円、政治資金パーティへの支払いが確認できる。いずれも呉氏が代表を務める会社名義で、代表者の名は呉本公太と記載されている。これは呉氏の通名のようで、一見すると外国人からの献金とはわからないようになっているのだ。

 これまでにも、前原元外務大臣は、在日韓国人から総額25万円の献金を受けていたことで大臣を辞任、
野田首相、菅前首相も在日韓国人からの献金があったことが指摘されてきた。外国人からの献金は政治資金規正法により違法とされている。

 外国人が国政に影響を与えるのを防ぐ、というのがその趣旨だ。パーティ券の購入は「寄付には該当しないので、外国人が買ったとしても違法にはなりません」(総務省政治資金課収支公開室)というが、その立法趣旨やこれまでの経緯からして、あまりに軽率ではないか。
 
 ましてや呉氏は民団の団長として、今年5月に民団の代表団とともに李明博大統領を訪れ、在日韓国人の地方選挙参政権の獲得などに向けてさらなる支援を要請するなど、政治活動に積極的に関わる人物である。ちなみに下条氏は、外国人参政権に賛成の立場をとっている。

 下条議員に事実を確認すると、呉氏が民団団長であることを知っているとしたうえで、「寄附ではなく、飲食の対価としてご購入頂いていると理解しております。尚、弁護士に相談の上、万一法に抵触する恐れがある場合は返金も考えております」と回答。また、呉氏も弁護士を通じて、「パーティ券購入は違法ではないため問題ないと考えている」と答えた。



 この下条みつくんは、我らがヨシヒコくんが大批判なさっている紛う事なき世襲政治屋のお一人で、下条みつは「通名」で、ご本名は、下条光康くんです。

 そんなみつくんを、ヨシヒコくんは喜々として、防衛政務官に登用なさいました。

 もちろん、みつくんの上司であられました一川くんも、みつくん同様に、外国人参政権に大賛成でございます。

 民団から堂々と献金頂戴しているんですから、何を恥じることがあるニカ、ですかな。

 類友のヨシヒコくんのお大臣さまたちの選び方、実に、判りやすいっていえば判りやすくて、選定基準は、政治手腕や能力より、民団がキーワードだったんでしょう。

 と言うより、ヨシヒコくんの内閣では、民団に人事決定権があったと捉えた方が懸命でしょう。

 それはさておき、ヨシヒコくんの千葉民団役員からの献金問題も、このみつくんの民団団長自身からの献金問題も、彼らお二人の言い訳は、直近のパンくん国連事務総長の日本批難の弁解とウリ二つです。全ては半島がなせる千年に及ぶ負の遺産のなせる技wwww

 もう2ヶ月近く前のチャンネル桜の放映ですが、佐藤閣下が仰有るとおり、反日がイデオロギーのヨシヒコくんや特亜諸国に、我々日本人から擦り寄る必要は全くありません。


 
<2013.07.09 中韓の妄動に惑わされるなかれ >
 http://www.youtube.com/watch?v=2k3IC43EIg8

">


 とは言え、日本なくしては何事も立ち行かない反日日本人と特亜諸国のねじ曲った特質を、私たちは、よ~く頭に刻んでおかなければなりません。

 則ち、彼らは、善悪や真実・事実などには一切関心を抱かず、因果関係は無視しまくる上、何がなんでも責任を全部日本に押しつけつつ、自分たちの権利・利権だけを勝ち取り、甘い汁を吸うことだけしか狙っておりません。

 辻元姐さんのピースボートがソマリア沖で海自護衛艦に身の安全を守らせたことや、直近では、しんぼうくんが日本中を大騒動に巻き込んでヘリに救助させた事例が、その典型でしょう。

 そして、ヨシヒコくんも、基本的には、彼らと何ら変わりがありません。

 だって、ヨシヒコくんは堂々と、千葉県民団副団長から政治資金を恥ずかしげもなく長年に亘って頂戴していました。

 その総理大臣さまが、陣頭指揮して日本国民を守るべき防衛大臣には、これまた堂々と在日の皆さまに参政権付与を公言している防衛の素人の政治屋を任命なさりました。はたまた、その下の防衛政務官には、これまた、正々堂々と民団の、なんと団長さまから大金を頂き続けた通称名をお使いになってらっしゃる世襲政治屋を起用なさいました。

 このヨシヒコくんの日本国民1億2千万人と自衛官24万人を見下しかつ侮蔑した行為には、必ずしや、お天道さまからの鉄拳が下ることを、オジサンは願ってやみません。



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2013年8月30日 (金)

野田佳彦くんの大罪「2012年夏、シナ便衣兵尖閣上陸」検証編




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・・・・ 山田吉彦・潮匡人対談「尖閣激突」2012年扶桑社刊から ・・・・


 
< 問われなかった公務執行妨害罪 >


(山田)上陸を許してしまった要因としては、武器を使用する以前の問題として、公務執行妨害罪を問わなかった、強行接舷までしながら、乗船して逮捕するなどの実力行使に出なかったことも、重要なポイントですね。

 先ほど検証したように、今回は香港活動家らが、海保の巡視船に向けて投石しました。はっきり映像に記録されています。ついでに言えば、乗船していた香港のカメラにも、はっきり録画されており、実際、帰国直後、香港フェニックスTVを通じ、世界中に放送されました。

 あらためて、公開された映像を見ても、彼ら活動家らは、立ったまま、石を投げています。逆に言えば、海保の職員が、該船に乗り込めないというほどの状態ではない。実務的、技術的には、乗船して制圧できる条件だったと考えます。

 しかも、明らかに故意に、悪意を持って投石をしている姿が映っています。これは、明白な犯罪ではないでしょうか。なぜ、公務執行妨害罪に当たらないのか。理解に苦しみます。

 たしかに結果、海上保安官らのケガはなかった。でも、それは、もともと相手に怪我をさせないし、自分たちもケガをしないという前提のもとに行動していたからでしょう。

 悪意を持った投石は犯罪ではないのか、普通なら、犯罪になりますね。

 犯罪を問わなかったのは、乗船して制圧するなどして、上陸を強制的に、無理矢理に妨害すれば、双方にケガ人が出るかもしれない。だから、安全に上陸させ、安全に身柄を確保して、安全に強制送還させた。その一連の流れだったのでしょう。

 少なくとも、能力的には、海上保安官は相手が投石しているところに乗り込んでも十分に対応できます。上陸前に海上で、該船に乗り込んで、逮捕できるタイミングは確実にあった。「風向きが悪く乗船できなかった」などということは考えられない。条件的には十分できたはずです。

 先ほど、潮さんが説明された警告射撃の限界と同じように、ここも陸上に置き換えて考えてみてください。たとえば、私たち日本国民が、日本国内で交番や警察署などに石を投げたらどうなるか。当然ながら、口頭で注意されるどころの話では済まないでしょう。もし、現場から逃げれば、間違いなく緊急逮捕されます。

 ところが、今回はどうでしょうか。上陸されるまで、強行接舷以上の実力行使はありませんでした。上陸後に入管法違反容疑で逮捕されましたが、皆さんご存じのとおり、例外規定が適用され、国外退去で終わりました。


 
< ビジネスクラスで帰国した香港活動家 >

                   
(潮)しかも、日本政府は彼らを、チャーター機のビジネスクラスに搭乗させました。彼らが機内の特等席で談笑しながら、飲み物のサービスを受けている映像が、香港フェニックスTVを通じ、世界に流れました。

 それを見た私がどう思ったか、活字にできませんので省略します(笑)。ですが真面目な話、すでに退官した私はともかく、現場で任務に当たった海上保安官がどう感じたか。想像するだけで、暗澹たる気持ちになります。

(山田)今なお、歯がゆい思いをしている海上保安官がたくさんいると仄聞します。
     
(潮)国外退去といっても、一般常識ないし国民感情に照らせば、無罪放免したようなものです。現場を預かる海保職員ならずとも、多くの日本人が歯がゆい思いをしているでしょう。言うまでもなく重要なポイントであり、実際、NHKが中継した、国民注視の衆議院予算委員会の質疑で、石破茂委員が追及した論点でもありますので、細かな法律の議論で恐縮ですが、確認しておきましょう。

 そもそも、今回適用された国外退去処分の根拠となった条文は「出入国管理及び難民認定法」の第ハ章の「補則」にある例外規定です。条文の見出しも「刑事訴訟法の特例」、文字通り、「補則」の「特例」にすぎません。

 つまり、今回、野田内閣は、原則的な対応をとらず、名実とも、あえて法律の特例措置を講じたわけです。わずらわしい原文の括弧内を略すとともに、補足した上で該当条文を掲げましょう。

「司法警察員は、第七十条の罪(不法入国)に係る被疑者を逮捕し、若しくは受け取り、又はこれらの罪に係る現行犯人を受け取った場合には、収容令書が発行され、且つ、その者が他に罪を犯した嫌疑のないときに限り、(釈放に関する)刑事訴訟法第二百三条の規定にかかわらず、書類及び証拠物とともに、当該被疑者を人国警儒官に引き渡すことができる。

 2 前項の場合には、被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に、当該被疑者を引き渡す手続をしなければならない。」(第六十五条)

 法律上、「四十八時間以内」という制約もあり、政府は早々に国外退去で決着を図りました。最大の問題は原則ではなく、特例を適用した点です。

 条文が明記するとおり、あくまでも「その者が他に罪を犯した嫌疑のないときに限り」適用できる「特例」なのです。それを果たして、今回、適用できたのか。山田さん同様、私も疑問を禁じ得ません。

 はっきり言えば、公務執行妨害罪を犯した、少なくとも、その嫌疑はあった。私はそう確信しています。ところが、政府は、あえて「特例」措置を適用した。名実ともに、原則を曲げたわけです。


 
< なぜ公務執行妨害罪に当たらないのか >


(山田)野田総理が会見で述べた「毅然とした姿勢」「不退転の決意」といった、一見、勇ましい言葉が空虚に響きますね。

(潮)先の国会で、石破代議士の厳しい追及にさらされた政府は総理以下、担当閣僚らが苦しい答弁を繰り返しました。海上保安庁長官も「公務執行妨害罪には当たらない」と繰り返し、答弁しました。

 でも、本当に政府の説明どおりなのでしょうか。私は違うと思います。理詰めで説明しましょう。まず、刑法弟九十五条は、こう規定しています。

「公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁銀又は五十万円以下の罰金に処する。」

 これが公務執行妨害罪の規定です。今回のケースに絞って議論すれば、香港活動家らの投石行為が、右にいう「暴行又は脅迫」に当たるか、これがポイントです。長く司法試験委員を務めた刑事法学の弟一人者は、今も定番の教科書でこう解説しています。

「公務執行妨害罪の暴行・脅迫は広義のものだと解されている。すなわち、暴行は公務員に向けられた有形力の行使であれば足り、必ずしも直接に公務員の身体に向けられる必要はない」(前田雅美『刑法各論講義』東京大学出版会)

 だとすれば、活動家らの投石は、右の暴行であり、ゆえに公務執行妨害罪が成立する。そうなるはずです。ちなみに、現役の霞が関キャリア官僚の大多数が、この教科書で刑法を勉強したはずです。石破代議士も、これと同様の解釈を掲げる、法令解釈の定番である「コンメンタール」の記述を援用して政府を追及しました。

 ところが、海上保安庁長官は「公務執行妨害罪の暴行・脅迫は、職務の執行を妨害するに足る程度のものでなければならない」(最判昭33・9・30)と判示した最高裁判決を錦の御旗に掲げながら、「コンメンタールは解説書にすぎず、法的根拠とならない」という趣旨の答弁で、石破代議士の追及をかわしました。

 しかし、この政府答弁には、悪意を感じます。はっきり言って、卑怯な論法だと思います。なぜなら、政府が論拠に掲げた最高裁判決は、まさに投石の事例であり「暴行は継続的なものでなくてもよい」「一回のしかも命中しなかった投石でも本巣の暴行に含まれる」とされたからです(同前)。

 今回、海上保安官には命中しませんでしたが、海保の巡視船には命中しました。それも罵声を浴びせながら、継続的に投石をはたらいたことが、映像で確認できます。これでも、まだ公務執行妨害罪の暴行でないというなら、日本国民が繰り返し、交番に石をぶつけても、罪に問われないことになってしまいます。

 ところが現実には、良かれ悪しかれ、警察は公務執行妨害罪を多用しています。政府や権力に敵対する連中とはいえ、すぐ公務執行妨害罪で逮捕します。現場の警察官を非難するつもりはありませんが、まったく同じ行為なのに、外国人は不問に付し、日本人なら逮捕する。国家ないし権力として、まさに本末転倒ではないでしょうか。


 
< 上陸を許した、悪しき先例 >


(山田)そのとおりですね。なかでも深刻な問題は、これが先例となったという点です。罵声を挙げながら、悪意を持って瓦礫を投げても犯罪にならない。これは前例になりますね。今後、押し寄せるであろう漁船団などが、海上保安庁の巡視船などに対して投石する、あるいはなんらかの暴行に及ぶ。そうした事態を想定しなければいけない。

 しかも、暴行に及んでも、日本政府は「四十八時間以内」で帰してくれる。それもビジネスクラスの特別便で。けっして公務執行妨害罪にはならない。これも先例になってしまったわけです。

(潮)現場を預かる海上保安官の方々は、やるせない、歯がゆい思いでいるでしょうね。

(山田)彼らとしては、少なくとも現場の人間は、今月、忠実に任務を遂行した。明らかに忠実に任務を遂行しています。映像を見ても、海上保安庁の巡視船は、ほぼ完ぺきに近い行動をとっています。一つ一つの動きは、少なくとも映っている限り、ミスはない。

 逆に言えば、今回の上陸に至った経緯の背景としては、そうしたシナリオがあったのではないか。現場は、そのシナリオどおりの動きを遂行したのではないかと思います。

 瓦礫をぶつけられても、それでも書類送検もできない。それが事前のシナリオだとするならば、海上保安庁の本来の任務はどこにあるのか、という疑問が生じます。

(潮)海上保安庁法が、海保の任務を規定していますね。

「海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に問する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。」(旧跡二条)

 映画化された「海猿」で、「海難救助」活動に注目が集まりましたが、もともと「海上における犯罪の予防及び鎮圧」も、海保の重要な任務です。防衛省・自衛隊が本来、「直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務」とするように(自衛隊法第二条)、海保も文字通り、海上の「保安」こそ、本来の主たる任務なのでしょう。

 しかも、先日の法改正により、右に加えて「海上における船舶の航行の秩序の維持」が任務として新たに明記されました。この点をきちんと報じたマスコミ報道が少なかったのが残念ですが、実は重要なポイントではないかと思います。



・・・・ 2013.08.17 チャンネル桜放映「闘論!倒論!討論!」 ・・・・


 
< 日本新富国強兵論「1時間目」>
 http://www.youtube.com/watch?v=7Hx1dgQjxUw

">

 
< 日本新富国強兵論「2時間目」>
 http://www.youtube.com/watch?v=MCQ1oY0FQA0

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 < 日本新富国強兵論「3時間目」>
 http://www.youtube.com/watch?v=iLmJpRFvxCI

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2013年8月29日 (木)

自衛隊には全くシンパシーを感じていない自称自衛官の伜野田佳彦くん




 
< ジブチの自衛隊員激励=海賊対策拠点を初訪問-安倍首相 >
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013082700527

【ジブチ時事】安倍晋三首相は27日午前(日本時間同日午後)、ソマリア沖アデン湾で海賊対策活動に従事している自衛隊員を激励するため、東アフリカ・ジブチにある自衛隊の活動拠点を訪れた。首相は約100人の隊員を前に訓示し、「灼熱の太陽が照りつける過酷な環境の下で、重要な任務に励んでいる諸君を心から誇りに思う」と語った。

( 東アフリカ・ジブチにある自衛隊の活動拠点を訪れ、隊員と昼食を取る安倍晋三首相 )
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< 首相、海賊対処の海自視察「誇りに思う」 “地球儀外交”アフリカでも >
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130828/plc13082800000022-n1.htm

 
中東・アフリカ4カ国歴訪中の安倍晋三首相は27日昼(日本時間同日午後)、日本の首相として初めてアフリカ東部ジブチを訪れ、ソマリア沖アデン湾で海賊対処にあたる海上自衛隊部隊の拠点を視察した。海自は海賊対処で活動を拡大させ、ジブチに置く自衛隊史上初の海外拠点を基軸にアフリカでの情報収集も強化。地球儀を俯瞰する安倍外交はアフリカでも加速させる。(ジブチ 峯匡孝)


 首相在任中の我らがヨシヒコくんが、内外問わず、自衛隊員の現場での活躍を激励している報道を、オジサンは、殆ど見たことがありません。

 ヨシヒコくんにしてみれば、「ウリは自称・自衛官の伜、自衛隊の日頃の活躍の様子は、幼少の頃から胸に刻み込まれているニダ。だから、今更、あらためて現場の自衛官を視察する必要などどこにもない。ウリとボンボン育ちのシンゾウさんを一緒にしないでくれ」でしょうか。

 確かにヨシヒコくんが、防大卒業式や観閲式・観艦式etc自衛隊のオフィシャル行事を除いては、額に汗して働いている現場自衛官を激励したのは、首相就任早々一週間目に、Jヴィレッジを訪問し自衛隊員を激励した、たった、これ一回だけでした。


 
< 2012.09.08 官邸HPから >
 http://www.kantei.go.jp/jp/noda/actions/201109/08HOUMON_fukushima.html

( 福島県のJヴィレッジで自衛隊を激励する野田総理 )
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 首相在任中は、機会あるごとに盛んに、「ウリは自衛官の伜」をアピールしまくっていたヨシヒコくんですが、彼が、「自衛官の伜」を強調すればする程、健全なる日本国民は、「気が滅入ってしかたない」症候群に陥っていた気がしてなりません。

 なぜなら、自称・自衛官の伜である筈のヨシヒコくんが、父親が属していた自衛隊に心底から敬愛の念を抱き、かつ、親方日の丸のお蔭で大学まで出させた頂いた旨の感謝の気持ちをずっと持ち続けていたとしたならば、どうして、そのことが、政策となって、或は、行動となって現われなかったのでしょうか。

 ヨシヒコくん、本当に、自衛隊に尊敬と感謝の念をお持ちなのでしょうか。

 オジサンは、彼、相当怪しいと超邪推しております。

 邪推の根拠は、以下の通りです。

 何度も言うようですが、度重なるヨシヒコくんの「自称・自衛官の伜」アピール行為は、ヨシヒコくん自身の「保守偽装」工作の一環、これしかあり得ない、と個人的には判断してます。

 だって、ヨシヒコくん、政権交替前も、政権担当中も、そして、現在も、自衛隊のためにプラスになることなど一つとしてお遣りになったことはございません。

 彼は、チョッパリはもちろんのこと、父親の出身母体にさえも、心中では、常に、上から目線でした。


・・・・ 野田佳彦くんが自衛隊にシンパシーを抱いていない根拠 ・・・・


① 子供の頃、自衛隊員の伜であるが故に先生から批難されたと仰有っている一方で、そのいじめの親玉「日狂組」が最大支援団体の一つである「みんちゅ党」に恥ずかしげもなく所属し、いじめを放置しっぱなしの「日狂組」に、未だに、クレーム一つ言えないでいること。

② 2010年11月18日参院予算委員会での仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」発言に対し、これまた、何一つ文句も言えず、以来、何事もなかったような平気な顔をして、内閣の一員として一緒に居続けたこと。

③ 防衛大臣に2代続けて素人大臣を起用し、しかも、2代連続で、大臣問責決議を可決されてしまったこと。これは、懸命に国のために働いている自衛隊員に対する最大の侮辱行為です。

④ レーザー照射問題発覚の際、日中関係を悪化させたくないの1点で、防衛省に全て責任転嫁しまくったこと。

⑤ 戦闘地域「南スーダン」に自衛隊PKOの派遣を自ら決定したこと > 国連パン事務総長にいい顔したかったニダ、ウリはチョッパリの隊員の命など何とも思ってないニダ。

⑥ これまたシリア・イスラエル紛争で戦闘地域であることが明らかである自衛隊ゴラン高原PKO撤収に関し、ギリギリまでその撤退を伸ばし続けていたこと > ゴラン高原、それどこ?by Yoshihiko

⑦ 2012.09.10、自衛隊高級幹部会を、よんどころない事情で途中退席したこと > ウリはナムのことなんて、どうでもいいニダ( http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-b707.html


 そもそも、お父上が、「陸自の最精鋭部隊である習志野駐屯地の第1空挺団に所属していた」は、とっくに、そのウソがバレているヨシヒコくん。

 まぁ、オフィシャルでは、両親の実名はもちろんのこと、祖父母のお名前も出身地も公表を拒否している(もちろん仁実夫人の出身地も)ヨシヒコくんのことですから、自衛隊へのシンパシーどころか、日本へのシンパシーさえあるのかどうかも怪しいものです。

 政治家は、結果が、全てですからね、ヨシヒコくん。


・野田佳彦くんの自称「自衛官の伜」を疑ってみる(その1)
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/1-cd7a.html
・野田佳彦くんの自称「自衛官の伜」を疑ってみる(続き)
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-3672.html
・野田佳彦くんの自称「自衛官の伜」を疑ってみる(続きの続き)
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-6c98.html
・からきし役に立たなかった、自称「自衛官の伜」野田佳彦くん
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/post-f222.html


 
< 平成19年4月、インド洋で補給活動中の海上自衛隊の部隊を訪れる安倍総理 >
 http://www.kantei.go.jp/jp/abephoto/2007/04/29uae2.html

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 ↑ウリたちがストップさせたニダ。オイルタンカーの安全?アフガンの平和?それって食べられるニカ? by Yoshihiko




2013年8月28日 (水)

反日国連事務総長とは大の仲良しの野田佳彦くん




 
< 2013.08.27 産経新聞朝刊から >

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 クネたんの「千年恨み続けます」宣言以来、反日ファシスト国家「Kの国」の昨今のファビョり振りは、エンディング近しの予感さえしてきますが、我らがヨシヒコくんも、みんちゅ党諸君も、彼ら自身のお口からは「カンコクガー」「クネたんガー」「コリアン・プロスティテュートガー」「嘘つき大国ガー」「必殺冤罪仕掛け人ガー」(以下略)のご発言が、お一人たりとも聞かれないのは、みんちゅ諸君全員が、圧倒的伝染力の狂信的な「 I ♡ Korea 」病を患っている証左でしょう。

 何せ、ヨシヒコくんなんか、現役総理の時、類友の明博くんが竹島に上陸したり、天皇陛下謝罪発言を要求したりしても、「アキヒロ兄さん、どうしちゃったんだろう」で、全てを不問に付してしまちゃったんですからね。

 総理就任早々、韓国経済救済のためには、日本国民との総意もなく、はたまた、国民への説明責任も未だ果たさずに、独断で700億ドルもバラ撒いたヨシヒコくんなら、さもありなん。

 今回のパンくん発言も、もちろん、ヨシヒコくん、完璧にスルーです。

 で、ヨシヒコくん、本件詰問されたら、彼、きっと、間違いなくこうご返事します。

「アベガー」

 だって、ヨシヒコくんとパンくん、お二人はウリ仲間で、デキテるんですもの。


 
♪ 2011年9月 原子力安全首脳級会合で、潘基文国連事務総長と握手する野田佳彦首相=22日、ニューヨーク(時事通信)♪

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♪ 2011年9月 南スーダンへ陸自2人 首相、国連総長にPKO派遣表明 ♪
 http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201109220115.html

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野田佳彦首相は21日夕(日本時間22日朝)、潘基文国連事務総長と会談した。首相は今年7月に独立した南スーダンの国連平和維持活動(PKO)の司令部要員として、陸上自衛隊から2人を派遣する準備を進めていると表明。道路整備などを担う施設部隊の派遣が可能かどうかを検討するため、現地に調査団を派遣する意向も伝えた。

 潘氏は8月上旬、菅直人前首相に対し、南スーダンに300人規模の施設部隊の派遣を要請。野田首相は会談で「日本の得意分野、新しい分野で貢献していきたい」としたうえで、施設部隊の派遣について「現地調査を行った上で結論を出したい。その際は国連側の協力も得たい」と語った。司令部要員や調査団の派遣時期は明言しなかった。

 野田政権は今月3日に現地に調査団を派遣しており、改めて調査団を出すことで現地の治安情勢などを見極める構え。首相には、日本が国際貢献に積極的な姿勢を国際社会に示す狙いがあるとみられる。

 首相は23日の国連総会一般討論演説でも、南スーダンPKOへの自衛隊派遣に前向きな姿勢を表明する。



3351


 
♪ カンヌG20(2011年11月 時事通信)♪

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国連事務総長・潘基文にひれ伏す「ちびっ子ギャング・アズミ」に大満足でニコニコ顔のヨシヒコくん



 
♪ 2012年9月 首相「中韓と意思疎通保つ」国連事務総長と会談 ♪
 http://www.asahi.com/politics/update/0927/TKY201209270145.html

3353
 
野田佳彦首相は26日午前(日本時間27日未明)、米ニューヨークの国連本部で潘基文国連事務総長と会談した。会談では、領土をめぐる日本と中韓の対立に潘氏が言及。首相は「意思疎通を保つ」とする日本の立場を説明した。潘氏は19日の会見で、国連総会の場で日中韓の首脳が話し合うよう提案していたが、実現しなかった。



 
♪ ウリたち、クリソツ、嬉しいな ♪


① WHO AM I ?(74才児)

3354

② WHO AM I ?(69才児)

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③ WHO AM I ?(70才児)

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2013年8月27日 (火)

野田佳彦くんは隠れマルキスト




 先々週金曜日にチャンネル桜で放映された東北大名誉教授の田中英道先生の「さくらじ・桜塾夏期講座」日本美術に関するお話、とても感銘的で上質の講義でした。

 この番組を拝聴し、オジサンは、みんちゅ党の政権交替以来、中韓を始めラベルの低い方々に安易に照準を合わせがちで過ごしてきた日々を、大いに反省しました。

 気恥ずかしいですが、やはり、いかなるときも「真・善・美」の視点で物を見、考える時間に多くを費やしたいものだと考えます。


 
< さくらじ第98回 日本と世界の美術論・文明論 >
 http://www.youtube.com/watch?v=Nj0FurNSsk0

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 さて、この田中英道先生、新しい歴史教科書をつくる会に創成期から関与なさっていることもあって、ご専門の日本の美術史ばかりか、日本の歴史にも大変ご造詣が深い先生です。

 で、ググっていたら、先生のこんな動画を見つけました。


 
< 戦後日本は隠れマルクス主義によってつくられた >
 http://www.youtube.com/watch?v=THgRtsp1_eE

">


 このお話も、オジサンにとっては大変興味が湧く話題でしたのて、もっと詳しく知りたくなり、本放送に関る先生自身のご著書「戦後日本を狂わせたOSS日本計画」2011年展転社刊を、現在、拝読中です。

 * OSS = Office of Strategic Service( 戦術局 )

 オジサン的主観に基づきますと、田中先生の主張は、戦後日本の似非民主主義体制は、隠れマルキスト(フランクフルト学派)が作り、現在も彼らが、日本の新左翼・教育界・法曹界・増すゴミ諸君を牛耳っている、というところでしょうか。

 では、序でに本書の核心分をちょっぴり、ご紹介。


 
< 明らかになったアメリカの対日戦後政策 >

 
最近、新たにアメリカで多くの大東亜戦争時代の対日関係史料調査が解禁となり、日本国憲法を含めて戦後日本をアメリカ政府がいかにつくろうとしたか、より明確になってきた。私は戦後日本の思想界やメディアを支配するフランクフルト学派(隠れマルクス主義)の問題を取り上げ、彼らがまさに戦中のアメリカの戦略として戦後の日本をつくり上げた、という確証をつかんだ。アメリカでの学会の帰り、ワシントンで国立公文書館に立ち寄り、戦後の日本の在り方を決める史料を確認する機会をつくったのも、そのためであった。

 自由な国、アメリカの歴史家やジャーナリストたちが、一貫して隠れマルクス主義の伝統の中にいることはあまり知られていない。
「隠れ」といったのは、これが旧ソ連的マルクス主義と異なる、新たな構造改革主義的マルクス主義であるからだ。この内容については後に述べよう。歴史を語るということは、必ずそこにあるイデオロギーによる歴史観がないと書かれないということを、日本人はなかなか理解できないでいる。


 
< フランクフルト学派とは >

「フランクフルト学派」とは、もともとドイツのフランクフルト大学にいたユダヤ人の社会学の学者たちで、一九二三年にマルクス主義者G・ルカーチによって設立されたマルクス研究所からはじまる。それがドイツ社会学研究所となり、ナチスの台頭とともにアメリカに亡命したのである。

 日本にとってもこの学派の影響は大きい。とくに一九六〇年代から七〇年代に学生であった世代は、この学派の影響下にあったといってよい。
全共闘世代とか団塊の世代といわれる人々である。マルクーゼとか、ライヒ、フロム、ホルクハイマーなど、当時にぎわした名前の記憶がある方もいるかもしれない。あるいはルカーチやグラムシといった名前でおわかりの方々もいるだろう。そこから革命思想が、別の形をとって資本主義社会に潜行する。今日の反戦運動、差別撤回、フェミニズム、ジェンダーなどのこともすべてこの学派から出た理論によっているのである。


 
< 日本人の左翼化 >

 教育界では二十万人が公職追放され、代わりに素人が、大学には二、三流の左翼たちが数多く入ってきた。その後GHQによるレッドパージがあったが、それで追われたのは六千人にすぎない。残った十九万人以上の人たちが社会の主流になったことで戦後の教育もおかしくなってしまい、多くの学生たちが左翼化する結果を生んだ。OSSのフランクフルト学派がとくにターゲットとして狙っていたのは大学やメディアのようなインテリであった。それまでの経済闘争、労働運動から、文化面での闘争に切り替えたのである。彼らは
「社会学」「心理学」を武器に、学校やメディアで人々を洗脳し、その結果、大学、メディア、あるいは文化人と呼ばれる人たちによって日本文化そのものの変質と、日本人の意識の左翼化か進んだのである。社会主義国の崩壊の後とはいえ、切り替えができぬ人々が多く、その状況はいまも変わっていない。


 
オジサンが最も興味を覚えたのは、次の部分。

 フラフンクフルト学派やマルクス主義者は伝統ある歴史を恐怖し否定的にとらえ、それを現代から断とうと試みる。
彼らには未来にしか解決法がない。


 単純過ぎるかも知れませんが、我らがヨシヒコくんのイデオロギーとクリソツな気が致します。

 ヨシヒコくんの政治結果を顧みますと、彼、保守偽装は一生懸命でも、中身は日本の過去の歴史の真実・事実には、全くスルーで、彼のスロ−ガンは未来のことばかり。

 消費税増税が、その良い例です。

 現在社会を生きている人々に対しどうするのでかではなく、絶えず彼が語っているのは、未来の子供たちの境遇と、未来に生きる人たちの社会福祉ばかり。それも具体的な目に見える形での未来の政策ではなく、漠然とした抽象論ばかり。

 加えて、ヨシヒコくんには、半島に対する敬意と国家観はあっても、日本に対する愛情はからっきしありません。

 やっぱり、ヨシヒコくんって、典型的な隠れマルキストなんでしょう。

 でなければ、ただの、反日売国政治ゴロ・・・・、ですかな。







2013年8月26日 (月)

人種政治ゲームは終わらない




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< パトリック・ブキャナン著「病むアメリカ、滅びゆく西洋」2002年成甲書房刊から >


「思いやるある保守主義」が何をどう願おうと、文化闘争も人種衝突もなくならない。多くの利害が絡んでいる。黒人とヒスパニックは人口の四分の一を占め、大統領選における両者のブロック化は強まる一方だ。メディアも人種衝突に利害がある。紛争の報道自体血が騒ぐが、視聴率と広告収入にはさらに大きく胸躍る。O・J・シンプソソ裁判は国を分離・対立化させたかもしれないが、CNNにとっては大豊作の年だった。

 政府機関の膨張・・・・EEOC(雇用機会均等委員会)、公民権委員会、法務省公民権局、教育省、厚生省・・・・は常に新たな「犠牲者」供給を要する。より多額の予算を確保するには、より多くの迫害者・犠牲者を確保せねばならない。「パーキンソンの法則」によれば、仕事は与えられた時間をすべて埋めるよう拡大する。

 公民権は法廷弁護士をも惹きつける。黒人客が店主に口答えされた、あるいはサーヴィスを拒否されたというニュースは万馬券に等しい。六人の黒人政府職員に給仕が遅れたとの理由でデニーズの親会社に課せられた罰は、二十九万五千人の原告団に対する五千四百万ドルの賠償金支払いと、アフリカ系従業員増大及びマイノリティの経営する仕入れ先拡大に関するNAACPとの覚書締結である。

 八〇年代のジャクソン師によるアンホイザー・ブッシュ社ボイコットはずいぶん友好的に解決されたようで、二〇〇〇年には彼の二人の息子ユースフとジョナサンがシカゴにおける同社最大の独占販売権を握るまでになった。〈シカゴ・サンタイムズ〉の報道によれば、GTEとベル・アトランティック、AT&TとCTIの合併に「猛抗議」をしたジャクソンは、各社がジャクソン率いる団体に「寄付」をし、「マイノリティ経営者j・・・・そのうち何人かはジャクソンのご指名・・・・と取引契約を結ぶようにとの(ジャクソンの)要求を呑んだ」とたん、「不意に矛を納めた」。策は無数にあるものだ。

 キリスト教連合の黒人職員は、クリスマス・パーティに招かれず、記念晩餐会でも他の職員のように席につけず給仕をさせられ精神的苦痛を受けたとして訴えた。請求総額は・・・・六億二千百万ドル。

 人種をネタにした組織的恐喝はなくならない・・・・それどころかグローバルになりつつある。二〇〇一年九月、国連主催の反人種主義・差別撤廃世界会議が南アフリカ・ダーバンで開催された。目的は・・・・「奴隷貿易」に対する米国の公式謝罪と、過去の「人道に対する罪」への「金銭的補償」の確約だそうだ。

 ジャクソン師率いる黒人連盟は国内での成功を世界レベルの成功に広げるためコリン・パウエル派遣を熱望した。だがブッシュ政権はこれを拒否、パウエル長官も適当な理由を見つけ固辞した。会議は結局アラブ諸国に乗っ取られ、イスラエルの「人種差別」「アパルトヘイト」を裁く略式軍法会議に変わり、米国下級代表団は引き揚げた。だが、奴隷割に対する「金銭的補償」は今後も叫ばれることだろう。なんといってもこれほど大きく稼げるヤマはそうそうないのだから。

 人種政治ゲームに巨額の投資を続けるメディアや民主党、行政府、法廷弁護士、国連、途上国にわれわれはずっと耐え続けねばならない・・・・西洋諸国がもううんざり、いちぬけた、と宣言するまで。蛇に睨まれた蛙に期待するのは無理かもしれぬが。


 
< ようこそ現実のスウェーデンへ >
 http://www.youtube.com/watch?v=6DD9Wsnrhxw

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< こうして治安は崩壊し、国家は死に至る ベルギー・ブリュッセル >
 http://www.youtube.com/watch?v=qAOxOKWW0IM


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2013年8月25日 (日)

日本との同化を拒否するお子ちゃまミンス諸君




 
< 村山・河野談話踏襲が外交姿勢=来韓の前原元外相 >
 http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2013/08/23/0400000000AJP20130823002900882.HTML

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【ソウル聯合ニュース】韓国の姜昌熙国会議長は23日、ソウルで開催中の第21回韓日フォーラムに出席するため来韓した民主党の前原誠司元外相ら同党の議員連盟「戦略的な日韓関係を築く議員の会」のメンバーと会談した。

 前原氏は、
重責を担う人たちの靖国神社参拝自粛は当然であり、日本の過去の侵略と植民地支配を謝罪した「村山談話」(1995年)と旧日本軍の慰安婦の強制性を認めた「河野談話」(1993年)を踏襲することが隣国のことを考える外交姿勢だと考え、同会が発足したと説明した。

 前原氏は
慰安婦問題について、「1965年の日韓請求権協定により解決済みだというが、アジア女性基金を設立して道義的観点から努力を続けている」と述べた。2011年に京都で開かれた李明博大統領と野田佳彦首相の首脳会談で、さらに知恵を絞り協力するという民主党の立場を確認したと強調した。

 歴史認識や領土問題については「両国の見解に差があるものの、今後対話を重ねれば戦略的で重要な両国の友好協力関係を維持できるだろう」との考えを示した。

 
長島昭久元首相補佐官は「基本的に歴史的事実を直視し、それに基づいて未来に向かうべきだとの考えを持っている」とした上で、2年後の両国の国交正常化50周年とその後の50年を、友好関係に基づいて見据えることができるよう努力すべきだと述べた。

 姜議長は「両国議員の間で政治的に解決できないことはない。互いに少しずつ譲り合って理解し、歩み寄れば、全ては時間の問題となり解決することができる」と述べた。

 韓日議員連盟副会長を務める韓国最大野党・民主党の金栄煥国会議員は「日本の政治家らの『妄言』で両国国民が望む善隣友好の精神が損なわれている現実を残念に思う。ドイツのように日本も過去に対する謙虚な姿勢を持てば、韓日関係はさらに深まり、北東アジアの平和にも大きく寄与することになる」と強調した。



 
<「日本は一貫した言動を」 韓国外相が民主・前原氏に求める >
 http://sankei.jp.msn.com/world/news/130824/kor13082400590000-n1.htm

3339

 
韓国の尹炳世外相は23日、訪韓中の民主党の前原誠司元外相らとソウルの韓国外務省で会談、歴史や領土問題で「一貫した言動」を日本の政治家に求めると述べた。会談後に前原氏が記者団に明らかにした。

 安倍晋三首相が終戦記念日に靖国神社への参拝を見送る一方で、全国戦没者追悼式でアジア諸国への加害責任や反省に言及しなかったことなどを念頭に、安倍氏らの言動への不信感を示したとみられる。

 尹氏は、
日本の政治家が「度重なる不用意な発言」をしていると指摘。旧日本軍の慰安婦だった女性らの高齢化が進んでおり「時機を逸すれば、ずっと残る問題になる」と述べ、女性らの存命中に日本が対応を取るべきとの考えを示したという。

 前原氏は、韓国人元徴用工の個人請求権は消滅していないとの判決が韓国の裁判所で続いていることが両国間の新たな火種になりかねないとして尹氏に対応を要請。尹氏は具体的な返答をしなかった。
(共同)


 前なんとかさんと長島くんの訪韓は、先週の産経新聞では以下のように報道されておりましたが、終ってみれば、「宗主国の両班さまのご命令、しかと承りました、ハハァ~」と、予定調和のシナリオ通りで決着です。

 このお二人、帰国後は、半島の経済崩壊をお助けするニダで、間違いなく、日本からジェニを奪い取る裏工作に邁進なさるのでしょう。

 今後は、お二人の熱のこもった確信犯的韓流演技に、大いに期待致しましょう。


 
< 民主・前原氏ら訪韓 21日から、外相と会談 >
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130819/plc13081915460004-n1.htm

 
民主党の前原誠司元代表、長島昭久元防衛副大臣らが21~23日に韓国を訪問することが19日分かった。関係者が明らかにした。尹炳世外相や柳吉在統一相と23日に会談する予定で、島根県・竹島の領有権問題や歴史認識などをめぐり停滞している日韓関係の改善につなげたい考えだ。


 前なんとかさんの「 I'm Zapanese 」役は、既に周知の事実ですので、もう、お一方の自称「ミンス党の背番号3番」気取りの方に関して、ちょっぴり、オジサンの主観的考察を・・・・。

 オジサンは、この方も、ヨシヒコくん同様「Peninsulaが放った保守を装う工作員」と超邪推しております。

 根拠は、ヨシヒコくんとアキヒサくんが5年前、ソウル青瓦台で行われた明博くんの大統領就任式に、揃って、ご臨席なされたことです。


 
< 20008.03.02 野田よしひこかわら版(魚拓) >

 
No.705 日韓の春
 
 
2008年2月25日、李明博韓国新大統領の就任式典に参加しました。(中略)

 
李大統領は大阪生まれの知日家でもあります。しかも、未来志向の実利主義者です。後ろ向きの姿勢が強かった盧前政権下で冷え込んでしまった日韓関係でしたが、春の訪れを予感できました。


 
< 2008.02.24-27 活動履歴(長島フォーラム21)>
 http://www.nagashima21.net/act/detail/20080224_02.html

 ( 新大統領就任式直後、野田佳彦代議士と )
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 ( 李明博大統領と予備選を戦った、与党「ハンナラ党」党首・朴槿恵議員と )
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 ( 新進気鋭の元喜龍、李成権両国会議員と朝食会 )
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 ちなみに、当時、本式典に参加なされたミンス議員は、他には、チョクトくん、ハクシンクンくん、近藤昭一くんと、この方面では、大物工作員ばかりです。

 ほうら、チョクトくんもハクシンクンくんも、クネたんとのツーショット、ホルホルしっぱなしでしょう。


 
< 2008.02.25 ハクシンクンHP >
 http://hakuhakuhaku.cocolog-nifty.com/report/2008/02/index.html

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 ヨシヒコくんもアキヒサくんも、建前は、大勲位に誘われたから就任式に出席したということになってはいますが、それが鵜呑みに出来るほど、彼らは善人ではありません。

 単に、アイ♡コリアだけで、常識ある日本人の政治家は、普通、ノコノコ就任式に出かけて行きません。

 て言うことは、ヨシヒコ&アキヒサのお二人には、それ相応の強い目的があったに違いありません。更に言うなら、お二人とも、日韓議員連盟に所属もしていない割には、彼の地の政治屋たちとの面識があり過ぎるww

 やはりPeninsula系は、瞬時に、同胞を峻別できる、と言うことですかな。


 
< 顔を見れば分かる >
 http://yuyuu.iza.ne.jp/blog/entry/2104435/

 
< 日本人は一目で分かる >
 http://tansoku159.iza.ne.jp/blog/entry/2105428

 
< ちなみに、オジサンの経験知 >
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-dc92.html


 ヨシヒコくん、アキヒサくん、前なんとかさん、チョクトくん、ハクシンクンくん(以下略)、みんちゅ党のこのお子ちゃま政治屋の方々は、何故、「日本」を主語とした政治を語ることができないんでしょう。

 彼らのメンタリティは、米国籍を取得しても、一向に現地には同化しようとせず、同胞だけの地域コミュニティ内で母国語だけを話して暮しているPeninsula系移民と、何ら変わりがありません。

 戦後68年、もうそろそろ、彼らの日本と日本人に対する冤罪押しつけ行為、並びに、それらに関る彼らの強制・脅迫課金システムに対して、日本人は、見て見ぬ振りをせずに、勇気を持って毅然と「No」を突きつけるべき時期到来、とオジサンは思料します。

 さぁ、皆さま、半島を主語にして政治を語る「千年恨みます一派」のみんちゅ党Peninsula系部隊のお子ちゃまたちには、敢然と、立ち向かいましょう。

 憲法改正、集団的自衛権の行使容認、国防軍の創設、スパイ防止法の制定、パチンコ税導入、通名使用禁止、放送法改正、NHK解体、etc

 ざっと思いついただけでもこれだけの目前の課題。

 一民間人に過ぎないオジサンですが、却て、ファイトが湧いて、ワクワクしてきました。

 ヨシヒコくん一派が如何なる詭弁を展開しようとも、彼らが政権を担った3年3ヶ月は、限りなく特亜諸国の傀儡政権に近い反日売国奴政権でした。

 それでいて、彼らは、日本での生活をノウノウと享受することに何の恥じらいも示しません。

 ならば、日本国民としての義務を一切履行する気がない彼らに対しては、次期国政選挙で、一人でも多く、国会議員の資格を剥奪し、駆逐してやりましょう。

 それまで、あと、3年。時間はたっぷり。

 ヨシヒコくん、愉しみに待っててね。


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2013年8月24日 (土)

野田佳彦くんの確信犯的火遊び「消費税引上げ反対ごっこ」




 オジサンが野田佳彦くんウォッチを始めてから丁度丸二年が経過しました。

 この二年間、政治ゴロ「ヨシヒコくん」を知れば知るほど、この男には、誠実な処は一かけらもないことを思い知らされました。


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 黙して語らずで何もしないでただ見ているだけのヨシヒコくんは、見た目だけは、貫録たっぷりの頼りがいのありそうな重役タイプに映ります。

 ヨシヒコくん自身も、その己が風貌を最大限に生かして、善人100%の良い子ブリッコをプロパガンダし続けました。

 その甲斐あって、疑うことを知らない善良な日本国民は、ヨシヒコくんを、なんと、日本国総理大臣に仕立て上げてしまったのです。

 ヨシヒコくん、大勝利。

 ところが、流石に柔順で物を言わない日本国民も、突如、消費税増税にシャカリキになっているヨシヒコくんの狂態を見て、彼に騙されたことを感知しました。


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 そうなんです。

 健全な日本国民は、ヨシヒコくんの正体が、生粋の「詐話師」であることを見抜いてしまったのです。

 その結果が、昨年12月の衆院選でのミンスの大惨敗です。

 ヨシヒコくんは、この時、余程面白くなかったんでしょう。

 敗けが確定的になると、早々、22時台でミンス代表辞任宣言をします。

 永田メール事件の時と同じで、都合が悪くなると、職務全面放棄で真っ先に豚ズラして、後のことは知ら~ん顔。

 これで、日本中にヨシヒコくんは、生まれつきの「良心も責任感」も持ち合せていない典型的なサイコパス症候群であることが知れ渡ってしまいました。

 それ以降は、皆さま、ご存知の通り。ポッポくん、チョクトくんの後の総理大臣は誰でしたっけ?状態です。

 もはや、ヨシヒコくんのお相手をしてくれるのは、半島系増すゴミ諸君と心優しい在日の皆さま方だけ。

 そうなりますと、無視されるのは屈辱以外の何物でもない究極の元祖構ってちゃんと致しましては、もう、我慢の限界です。

 敗軍の将は云々なんて仰有ったことはすっかりお忘れになって、年明け早々から、聞くに耐えない「ジミンガー、アベガー、アベノリスクガー、ニホンガー、ニホンジンガー」を連発なさっております。


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 こうなりますと、普段は政治に興味のない日本国民でさえ、ヨシヒコくんを、その辺に居るただの迷惑極まりない厄介なメタボオジサンとしか思いません。

 だって、そうでしょう。

 政権交替前の2009年8月、ヨシヒコくんは、キッパリ、こう仰有いました、「消費税増税は致しません」と。

 ところが、ご自身が首相になるや否や、消費税増税に「己が政治生命をかける」と、態度を800%豹変させ、明らかに有権者を見下しかつ日本の民主主義を完全否定する行動にでました。


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 そして、遂に昨年8月10日、現行5%の消費税率は平成26年4月に8%、27年10月に10%へ2段階で引き上げるための消費税増税を柱とする社会保障・税一体改革関連法案を可決させました。

 しかしながら本改正案は、皆さまご承知の通り、消費税増税を実現するためには景気条項付きの法律です。景気が上向きにならなければ、引上げができないんです。


 
< 消費税率の引上げに当たっての措置(附則第18条)>
 http://www.mof.go.jp/about_mof/bills/180diet/sh20120330g.htm

 
消費税率の引上げに当たっては、経済状況を好転させることを条件として実施するため、物価が持続的に下落する状況からの脱却及び経済の活性化に向けて、平成23年度から平成32年度までの平均において名目の経済成長率で3%程度かつ実質の経済成長率で2%程度を目指した望ましい経済成長の在り方に早期に近づけるための総合的な施策の実施その他の必要な措置を講ずる。

 この法律の公布後、消費税率の引上げに当たっての経済状況の判断を行うとともに、経済財政状況の激変にも柔軟に対応する観点から、第2条及び第3条に規定する消費税率の引上げに係る改正規定のそれぞれの施行前に、経済状況の好転について、名目及び実質の経済成長率、物価動向等、種々の経済指標を確認し、前項の措置を踏まえつつ、経済状況等を総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる。



 簡単に申しますと、第1段階の平成26年4月に8%を実施するためには、この秋(10月と目されてます)までに経済成長率(実質)で2%の成長が達成されていないと、増税に踏み切れないことになっています。

 ヨシヒコくんと致しましては、本法案を通したということだけで「ウリは歴史に残る名宰相ニダ」の喜び組状態なんでしょうが、とんでもありません。

 ヨシヒコくん名宰相との国民からの賞賛を授かるためには、本年秋までに景気を上向きにさせ、その好調をあと2年間持続させなければ、最終的な消費税10%は実現できないのです。

 ですから、本来であればヨシヒコくんも必死になって法案を成立させた責任者として、それこそ政治生命をかけて景気対策に邁進しなければなりません。

 ところが、首相強制解任後のヨシヒコくんの言動は、どうだったでしょうか。安倍政権の批判ばかりで、対案も示さず、景気が悪くなることにかえって悦びを感じている様相を呈しているではありませんか。


 
< 2013.01.26 msn産経 >

 
民主党の野田佳彦前首相は26日、デフレ脱却に向けた安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」を批判した。滋賀県近江八幡市での会合で、日銀による物価上昇率2%の目標導入が政府主導で決まったとして「何でも日銀に責任をかぶせるやり方だ。国際社会では通用しない」と述べた。

 ↑国際社会とは、もちろん、中朝韓の3ヶ国だけのことです by Yoshihiko


 
< 2013.02.11 毎日新聞 >

 民主党の野田佳彦前首相(衆院千葉4区)は10日、千葉市中央区で開かれた党県連の定期大会で、昨年末の衆院選大敗を謝罪し、落選した県内の候補者の地元をおわび行脚する意向を示した。(中略)

 安倍政権への対応については「全てに抵抗野党としてケチを付けるつもりはない。ただし、詳しくは今日は申し上げないが、(経済政策の)
アベノミクスは逆の考え方だと思う」と説明。「(今夏の)参院選は大事な選挙になる。良い結果を出せるようにしたい」と語った。

 ↑なら「ただ見てるだけ」は止めて、独自の景気対策実行してよ by 日本国民


 
< 2013.04.07 読売新聞 >

 
野田前首相は7日、千葉県佐倉市のパーティーであいさつし、安倍首相の経済政策について、「海外投資家と食事する機会があり、その1人が『ABE』と言った。Aはアセット。Bはバブル。Eはエコノミー。資産バブル経済、という意味だ」と述べ、首相の名前にひっかけて批判した。

 野田氏は「
日本の状況はバスタブに巨象が足を片足つっこんだ状況だ。象が足を抜くとどうなるか」と述べ、首相の政策がバブルを生み出していると指摘した。

 ↑この海外投資家は韓国の方でした by 同席者


 
< 2013.05.20 野田佳彦かわら版No.907『56歳の決意』>

 
外国為替市場では、1ドル=100円台まで円安が進んでいます。自動車や家電などの輸出関連産業にとっては追い風です。私も、日本経済の実力とはかけ離れた円高は、是正されるべきだと思います。

 ↑ウリは、3年3ヶ月、円高呆痴プレイを満喫していたニダ by Yoshihiko


 
< 2013.06.24 野田よしひこ瓦版 No.911 >

 
経済を成長させる目的は、国民生活を豊かにすることです。働きたいと思っている人が働けるように雇用を拡大し、頑張れば給料が上がるようにすることに尽きます。

 そのような的を、アベノミクスはきちんと狙っているのでしょうか。



3336


 
< 2013.07.11 msn産経 >

 
9日夕の横浜市のJR戸塚駅東口。野田氏は約15分間の街頭演説の多くを政権の経済政策「アベノミクス」批判に費やした。

 
♪ 政権交替前、野田佳彦は「消費税」に対して何と言っていたのか? ♪
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm18804373



 
< 2013.08.05 NHKニュース >

 
民主党は、政策調査会の会合を開き、社会保障制度に関する自民・公明両党との協議について、政府・与党には年金や高齢者医療制度の抜本改革をする意志はなく、3党の合意に基づいていない実務者協議には応じないとして、協議から離脱する方針を確認しました。(中略)

 
櫻井政策調査会長は記者会見し、「与党側に3党合意を順守するよう求めてきたが、実務者協議の中で年金制度の抜本改革や高齢者医療制度について本質的な議論がなされず、方向性が示されなかった。3党合意に基づいていない実務者協議には応じない」と述べました。

 そして、櫻井氏は、この方針は3党合意に関わった前原前国家戦略担当大臣、岡田前副総理、
野田前総理大臣とも相談したうえで決定したことを明らかにしました。

 ↑自分たちが呼びかけた3党協議だけど一方的に離脱宣言して無断欠席するニダ by Yoshihiko


 結局、ヨシヒコくん、いざ実施の段階となったら、消費税引上げには絶対ハンタ~イ。実行出来ないのは、アベノミクスの所為ニダ、って事なんでしょう。

 相当、荒んでますね、ヨシヒコくん。

 て言うより、完全に精神を病んでいます。

 こういう手合は、ポッポくん、チョクトくんを含め、もう、どこかに隔離するしか手立てはありません。

 
NoaHatoKan政権、善人役を演じ切って国民をペテンにかけた分、オジサンはヨシヒコくんが一番悪質だったと断定します。


 
< 小田晋著「心に怪物を飼う普通の人たち」2002年ぶんか社から >

 
反社会性?*$%#

 
多くの精神障害では本人に病識がない。反社会性何たらかんたらも同様だ。周囲がどんなに困り、被害をこうむっていようと、本人は自分を病気とも異常とも思っていない。上司や同僚から突然「精神神経料で診てもらったら」などといわれても、本人にはその理由が理解できない。

 社内のカウンセラーがいるならカウンセラーに、いなければ医師や定期検診を任せている医師などに立ち会ってもらい、本人がもっとも信頼している人から勧めてもらうのが適切である。

 そういう人が身近におらず、事態がもっと切迫している場合はどうするか。

 たとえば自分や周囲の人が身の危険を感じているような場合は、措置入院も考慮しなければならない。保健所に連絡して「措置入院を講じてもらいたい」と告げ、精神科指定医師二人の診察の上で、必要なら知事命令によって入院させることになる。

 ちなみに、自分が迷惑や被害をこうむっているときには、
だれでも措置入院の請求ができる。


3337



2013年8月23日 (金)

モナ夫くんが暗に野田佳彦くんを批判?




 モナ夫くんの「構ってちゃん」病、今年、80回目の発症です。

 
 
< 民主・細野氏「安倍首相は過去の発言をこっそり削除している」→フェイスブックの仕様でした >
 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1377103728/l50

 
< 民主・細野氏FBの仕組みに無知だった 「安倍首相過去発言こっそり消した」と歓喜も・・・・ >
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130821-00000005-jct-soci&p=1


 まぁ、役職も解かれ、今や、己がPeninsula系支持者に不倫の愉しみを説いて回るしかない毎日が日曜日のモナ夫くんの血がもたらす難病の為せる技ですから、どうでもいいことなんですけど・・・・。

 でも、モナ夫くんって、人気あるんですね。


 
< 細野豪志氏、吉野家に「生卵」持ち込み? 学生時代の「ほのぼの思い出話」に疑問の声も >
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130802-00000005-jct-soci

> 大臣経験者ながら「庶民感覚」あるツイートに、ツイッターでは好意的な声が寄せられた。

 えぇ、えぇ、判りますとも。

 庶民感覚で不純異性交際して、庶民感覚で正妻と実の娘を泣かせて、庶民感覚で大臣ごっこと幹事長ごっこなさってたんですよねぇ。

 そして、今回は、庶民感覚で、安倍批判をなさった。

 それが間違いだったと分っても、反省しない、謝罪しないで、すっとぼけたまま。

 いわゆるモナ夫くんも、日本人には何を言っても構わない、どんな暴言を吐いても構わないの口だったんですね。

 本業では勝負できないもんだから、ただ、感情論で声闘することで、政治行為をしたものといつも勘違いをしているモナ夫くん。

 ねぇ、モナ夫くん、そろそろ、本気モードで、政策のみで、安倍政権と真っ正面から正々堂々とディベートしてみませんか。

 いつまでも、保育園児レベルの政治ごっこ繰り返していると、3年後は、選挙民に見放されてしまいますよ。

 それにね、モナ夫くん、安倍首相が過去発言を削除したと批判するなら、きみのウリ仲間のヨシヒコくんは、そんなこと、4ヶ月前にとっくにお遣りになってらっしゃいますよ。

 何せ、ヨシヒコくんなんか、本年4月、首相就任以前の過去発言をご自身のHPリニューアルを機会に、全部消去してしまったんですからね。

 
 
< 哀れさ漂うリニューアルした野田佳彦くんのHP >
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/hp-4ee4.html

 
今回のHP改訂にあたって、ヨシヒコくん、首相就任以前の過去の言動を、一切、消去してしまいました。

 具体的に申し上げますと、「かわら版」と「活動報告」欄の2011年8月以前の記録は、何処を探しても、跡形もありません。

 活動記録はどうでもいいんですが、ジミンガー満載の首相就任以前の「かわら版」は、シロアリ演説を始め経済・外交問題などブーメランネタの宝庫でしたから、オジサン的には残念でたまりません。

 どうやら、ヨシヒコくん、余程、過去の言動のお馬鹿ネタを追求されるのが、イヤなんですね。

 どうしても、クリーンな首相のイメージなままで、歴史に名を残したい。

 そのためには、首相就任以前の言動を記録したお笑いネタの宝庫「かわら版」は、人の目に触れさせてはならない・・・・。

 そうです、ヨシヒコくん、自己の歴史を抹殺してしまったんです。

 これって、現政権の正当性を主張するための手段として採られる、シナ朝鮮の「易姓革命」の手口と、ウリ二つですね。

 ここまでくると、なんか、ヨシヒコくんに「哀れさ」を感じます。



 モナ夫くん、かつての上司だったヨシヒコくんのこの事実には、どう、言い繕うのかな?

 人治主義のミンス党綱領からすれば、ウリ仲間の批判は、ご法度ですか?

 万が一、モナ夫くんの戦術が「指桑罵槐」だとしたらと、モナ夫くんも結構やるじゃんなんですが・・・・。


 
<「指桑罵槐」とはなにか >
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/index.html

 
 
♪ 秋の園遊会、民主党の大物工作員たち(2011.10.13)♪

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 右橋がモナ夫くんの正妻節夫人(モナ夫くんは義父の地盤を引継いだそうな)


 
♪ 細野豪志 不倫報道から6年…妻がいまだ悩む「モナの呪い」♪
 http://jisin.jp/news/2564/5257/


 
< 細野豪志議員 民主党代表選辞退の陰で愛娘誕生直後の死 >
 http://news.livedoor.com/article/detail/7388240/

  ( ↑2chから )
> 細野さんは奥さんから“あなたは政治家です。党のためにできることをやってください”と言われたそうです

 奥さんからしておかしいな
「党のため」でなく、「国のため」だろ



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2013年8月22日 (木)

幼稚極まりない野田佳彦くんにはそろそろ罰ゲームを




 連日、野田佳彦くんの批判を飽きもせず繰り返しているオジサンに人のことは言えた義理ではないのですが、我らがヨシヒコくんもまた、飽きもせず終始一貫して、自民党と安倍政権の批難を繰り返しております。

 ただし、オジサンは、日本が主語。

 ヨシヒコくんは、半島と在日が主語。

 てな訳で、ヨシヒコくんは、日本と日本人のことが気になって気になって夜も眠れないようです。

 ほうら、今週も、ヨシヒコくんは、半島仕様の対案なき根拠レスのジミンガー批判でスタートしました。

 
 
< 2013.08.19 野田よしひこ瓦版No.915「出口戦略」>
 http://www.nodayoshi.gr.jp/leaflet/detail/30.html


 ねぇねぇ、ヨシヒコくん、きみが仰有っている「出口戦略」って、具体的にはどういうことですか。

 ひょっとして、きみは、「出口戦略」の定義を、「最終目標 or 最終的な落ち着き処」的な意味で、自分に都合の良い解釈をしているんじゃないのかな。

 それとも、ヨシヒコくん、「出口戦略」と選挙の時の「出口調査」を取り違えていらっしゃる?

 出口戦略( exit strateg )とは、Wikiでは、米国防省がベトナム戦争で使用したのが始まりで、「軍事的もしくは経済的損害が続く状況から損失・被害を最小限にして撤退する戦略」のことです。(英語版はもっといろんな意味合いが)

 それが転じて、日本の増すゴミ諸君は、米国の「量的緩和の最終決着策」的な意味で使っているようですが、ヨシヒコくんがこの意味合いで、アベノミクスを批判したいがための一点で「出口戦略」という言葉を使用していらっしゃるとするなら、残念ながら我らがヨシヒコくんには、金融財政面では、やっぱり「ズブの素人」とのレッテル張りをせざるを得ません。

 だって、アベノミクスは、まだ始まったばかりです。

 量的緩和策一つ取っても、欧米諸国に比べたら、日本は、今正に、手をつけ始めたところです。

 そのことは、日本の経済を崩壊させたいがために、何が起こっても日本のためには何もせずに、一方では、特亜諸国にだけは円高という一級品のプレゼントを贈り続けたヨシヒコくんが、一番ご存知のことではありませんか。


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 グラフから一目瞭然のように、英米は、財政的にもこれ以上お札をすることは、国家運営に損害を及ぼす危機一歩寸前まで達していることから、止むを得ず出口戦略が必要なのであり、それに反して、世界一の債権保有国日本は、マネタリーベースでは大楽勝の地位にあるのです。

 くどいようですが、本来の出口戦略とは、損失が目の前に迫っているときに使用されるべき言葉です。

 量的緩和が始まったばかりで、経済も上向き基調の昨今の日本に、出口戦略の言葉の定義もせずに、ひたすら、対案も示さず、相も変わらず反対のためだけの反対を声闘しているだけのヨシヒコくんには、出口戦略を語る権利など、これっぽっちも、ありません。

 そもそも、ヨシヒコくんに、より良い日本を作るための経済政策、金融政策、財政政策なんてある訳がありません。

 彼の周辺には、心身ともに健全でまともなブレーンがおりません。

 公設秘書一つとっても、絶えず、目まぐるしく交替してます。

 現に、ヨシヒコくんが現役総理の時の政策秘書竹口由利人氏は、実弟タケヒコくんの船橋市公金横領疑惑をヘルプした罪で、即座に、馘を切られていらっしゃるではありませんか。

 その点、安倍政権のブレーンは、エール大の浜田名誉教授や京大の藤井教授を始め現状認識に長けた実践派の実力者ぞろい(中にはオヤッ、と言う方もおりますが)。

 そのことは、インフレ率2%、資金供給量は来年末まで270兆円に拡大、日銀の長期国債購入190兆円と、理論的に裏付けのある数字目標を示していることでも判ります。

 アベノミクス、その成果が判断できる時期は、少なくとも来年以降とオジサンは判断しておりますが、実社会経験が一度もおありでないヨシヒコくんには、それがちっともお判りにならないようです。

 今、お札を一杯刷っているんだから、今直ぐ、その効果が現われなくてはならないニダ by Yoshihiko

 日本の経済も、外交も、安全も、目茶苦茶にして、全てを放り出して逃げ出した癖に、勝手好き放題の反日ウィルスを撒散らしている、56才児のヨシヒコくん。

 きみには、政治も、経済も、外交も、安全保障も、批判する権利など一つもない。

 きみは、日本国総理大臣として、日本国民の生命と安全と財産を守らなかった。

 きみが守ったのは、半島経済と在日の権利だけだった。


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2013年8月21日 (水)

安倍晋三 vs 野田佳彦「夏休みの過ごし方」



◆ 夏休み、我らがヨシヒコくんはお墓参りをしたのかな?


 お盆を挿んだ日本人の夏休みは、何と言っても、先祖のお墓参りです。

 安倍総理もしかり。8月12日、長門市の安倍家の墓に、きちんと、お参りをしていらっしゃいます。そして翌13日には、萩市の松陰神社に参詣なさいました。これは、日本人なら極く当り前の生活習慣です。

 ところが、前総理大臣のヨシヒコくんには、今夏もそうですが、彼が先祖のお墓参りをした痕跡が、これまで一つも、報道でもネット上でも見当たりません。

 自民党の歴代の総理は、総理就任時点で、先祖の墓へ総理就任の報告をしたとのニュースが頻繁に流れてますが、ミンス政権では、ポッポくんを除いたお二人の総理経験者には、その類いのニュースを全く見たた事がありません。

 彼らお二人には、そもそも、お墓参りの習慣がない?or そもそも、自身のお墓のありかを知られたくない?or そもそも、お墓そのものが存在しない?

 さぁ、どれなんでしょう。

 ことヨシヒコくんに関する限り、お父上は現在脳梗塞で療養中ですが、お母上は既にお亡くなりになっておられますから、常識的に考えれば、少なくともお母上のお墓ぐらいはどこかにあってしかるべきなんですが。

 そこで、ヨシヒコくんのご先祖様、詮索タイム・・・・野田家のお墓はどこ?(情報源:野田佳彦著「民主の敵」並びに巷の情報)


① 富山県婦負郡野積村 (現在の富山市八尾町水口)

  実父「野田信義(との噂)」(6人兄弟の末っ子)の出身地


② 千葉県船橋市

  実母「信子(との噂)」(千葉県の農家の生れで11人兄弟の末っ子)の死で新たに、地元に建立した?


③ 熊本県天明町(ネット情報、根拠レス)

 2012.08.04飯山一郎HP( http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=7ZJ1FRyOEJAJ&p=熊本県天明町に祖父の実家があり、毎年一回は墓参り+に帰る&u=grnba.com%2Fiiyama%2Fmore32.html

 2013.08.16 二階堂ドットコム( http://www.nikaidou.com/archives/39450


 ヨシヒコくん、ご両親のお名前さえ自らは公表しておりませんし、ましてや、祖父母のお名前や出身地などは、もってのほか。公開されると、余程、都合の悪いことでもあるんでしょう。そう言えば、仁実夫人の出身地や卒業した音大名さえも明らかにしておられませんねぇ。

 ですから、よからぬ噂が独り歩きしてしまうんです。( http://torakagenotes.blog91.fc2.com/blog-entry-760.html

 ヨシヒコくんが政治家として、何よりも先ず、日本国民の生命と安全と財産を守る覚悟と態度をお示しになり、それを実践さえしてくれていたら、これほどまでに詮索されることはあり得ないんです。

 靖国参拝問題にしてもそうです。

 政権交替前、ここまで言い切って( http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/3-aba3.html ← 最下段「靖国参拝」ご参照 )いる癖に、56才児になるまで、今まで、ご自身は一度も、祖国の英霊に対し感謝の念を捧げたことがおありでない、ヨシヒコくん。

 なのに、ベトナム戦争で何十万人の無辜の人々を虐殺した上にベトナム人女性を強姦しまくり3万人もの混血私生児を産ませっぱなしで引上げた韓国人兵士が祀られている「国立ソウル顕忠院」には、日本人の習慣にはない白い手袋を嵌めて、平気な顔で、お参りしているヨシヒコくん。

 日本国民は、ヨシヒコくんが真の日本人になってくれることを願って止まないのですが、どうやら彼は、一生涯、専属SP付きで、根っからの反日売国政治ゴロでお過ごしになられるようです。


 
< 宮脇淳子著「韓流時代劇と朝鮮史の真実」2013年8月扶桑社刊から >

 
つまり、漢人や朝鮮人にとって、自分の先祖以外の霊は祀ってはいけないのです。自分たちのご先祖様だけが大事で、他人のご先祖様なんかはどうでもよい。その霊を敬う気持ちなんかはさらさらないということです。


 
♪【海ゆかば】英霊に感謝し、靖國神社を敬う国民行進(チャンネル桜2013.08.16放映) ♪ 
 http://www.youtube.com/watch?v=IdJxvxbsjMo

">


 
< 2013.07.27 読売新聞

 
安倍首相は、8月の臨時国会終了後、10日間程度の夏休みに入る予定だ。実現すれば、2004年の小泉首相(13日間)以来の長期休暇となる。

 最近の首相の夏休みは極めて短い。昨年の野田首相は3日間(土日を除く)、一昨年の菅首相は1日だけ(同)だった。安倍首相も第1次政権当時の07年は、7月の参院選で自民党が大敗した直後でもあり、週末以外で完全に休んだのは1日だけだった。




◆ 2012年、ヨシヒコくんの夏休み日記( 出所:msn産経 )


・・・・ 8月10日(金)・・・・

3323

【午前】7時、長浜博行官房副長官、手塚仁雄首相補佐官が公邸に入った。48分、長浜氏が出た。8時16分、手塚氏が出た。17分、公邸発。19分、国会着。20分、院内大臣室。29分、閣議開始。34分、閣議終了。35分から44分、岡田克也副総理。52分、参院第1委員会室。9時、参院社会保障と税の一体改革特別委員会開会。

【午後】0時57分、参院社会保障と税の一体改革特別委散会。1時1分、衆院本会議場。2分、衆院本会議開会。16分、衆院本会議散会。17分、国会発。19分、官邸着。20分、執務室。28分、首相会議室。51分、執務室。58分から2時37分、斎藤勁官房副長官。40分から48分、平野達男復興相。49分から56分、藤井裕久民主党税制調査会長。57分から3時5分、安住淳財務相、藤村修官房長官。13分から30分、北村滋内閣情報官。4時10分から58分、斎藤氏。5時42分、官邸発。44分、国会着。45分、参院議長応接室。47分から58分、参院の平田健二、尾辻秀久正副議長、鶴保庸介議院運営委員長、与野党各会派にあいさつ回り。池口修次民主党参院国対委員長、岡田氏ら同行。6時、国会発。6分、官邸着。7分、執務室。39分、記者会見室。40分から7時3分、記者会見。4分、執務室。5分から8分、長島昭久首相補佐官。18分、官邸発。19分、公邸着。


・・・・ 8月11日(土)・・・・

 
終日、公邸で過ごす。

・・・・ 8月12日(日)・・・・

 
終日、公邸で過ごす。

・・・・ 8月13日(月)・・・・

 
終日、公邸で過ごす。

・・・・ 8月14日(火)・・・・

【午前】公邸で過ごす。

【午後】4時52分から5時24分、米村敏朗内閣危機管理監


・・・・ 8月15日(水)・・・・

3324

【午前】11時13分、公邸発。22分、東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑着。献花。25分、同所発。30分、東京・北の丸公園の日本武道館着。51分、全国戦没者追悼式開始。

【午後】0時56分、全国戦没者追悼式終了。58分、同所発。1時7分、公邸着。32分、公邸発。33分、官邸着。34分、執務室。40分、首相会議室。59分、執務室。2時30分から3時13分、安住淳財務相、藤村修官房長官、勝栄二郎財務事務次官。19分、森本敏防衛相、伊原純一外務省北米局長、西正典防衛省防衛政策局長が入った。24分、長島昭久首相補佐官が加わった。4時12分、全員出た。13分、武藤正敏駐韓大使、杉山晋輔外務省アジア大洋州局長、長島氏が入った。31分、長島氏が出た。38分、武藤、杉山両氏が出た。40分から5時、手塚仁雄首相補佐官。6時47分、官邸発。48分、公邸着。


・・・・8月16日(木)・・・・

 
終日、公邸で過ごす。

・・・・ 8月17日(金)・・・・

【午前】9時30分、公邸発。31分、官邸着。執務室。36分から55分、枝野幸男経済産業相、安達健祐経済産業事務次官、鈴木正徳中小企業庁長官。10時、閣僚応接室。1分から19分、閣議室で閣議。20分、閣僚談話室。21分、大会議室。22分から35分、行政改革実行本部。36分、閣僚談話室。39分、南会議室。40分から11時2分、尖閣諸島上陸事件に関する関係閣僚会議。3分、特別応接室。4分から8分、日本税理士会連合会の池田隼啓会長、日本税理士政治連盟の山川巽会長。9分、執務室。21分から28分、真砂靖、勝栄二郎新旧財務事務次官、古谷一之、川北力新旧国税庁長官。

【午後】0時4分、首相会議室。26分、執務室。1時45分から2時15分、田中慶秋民主党副代表。29分から54分、北村滋内閣情報官。56分から3時35分、古川元久国家戦略担当相。36分から4時、手塚仁雄首相補佐官。3分から19分、岡田克也副総理。20分から56分、鈴木宗男新党大地・真民主代表。手塚氏同席。5時30分、官邸発。31分、公邸着。32分から7時48分、岡田氏、安住淳財務相、小宮山洋子厚生労働相、古本伸一郎民主党税制調査会事務局長らと会食。


・・・・ 8月18日(土)・・・・

【午前】来客なく、公邸で過ごす。

【午後】0時56分、公邸発。同59分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。スパ&バーバー「カージュラジャ ティアド」で散髪。
2時35分、同ホテル発。38分、公邸着。

・・・・ 8月19日(日)・・・・

 
終日、公邸で過ごす。

・・・・ 8月20日(月)・・・・

【午前】9時32分、公邸発。33分、官邸着、執務室。

【午後】0時1分、首相会議室。2分から57分、政府・民主三役会議。58分、執務室。2時9分、特別応接室。10分から21分、「アジア太平洋経済協力会議(APEC)CEOサミット」などに向けたビデオメッセージ収録。22分、執務室。3時14分から33分、斎藤勁官房副長官。4時1分から14分、北村滋内閣情報官。30分から5時、手塚仁雄首相補佐官。26分、大ホール。27分から42分、レスリング女子の吉田沙保里選手らロンドン五輪日本代表選手団への感謝状贈呈式。43分、小ホール。48分から58分、記念撮影。6時、大ホール。1分、同選手団との懇親会開始。32分、懇親会を途中退席し執務室。57分、官邸発。59分、東京・赤坂の中国料理店「頤和園」着。官邸スタッフと食事。手塚氏同席。8時44分、同所発。46分、公邸着。




◆ 2013年、安倍総理の夏休み( 出所:msn産経 )

・・・・ 8月10日(土)・・・・

【午前】7時8分、山梨県鳴沢村の別荘発。14分、同村の鳴沢ゴルフ倶楽部着。友人や秘書官とゴルフ。

【午後】3時23分、同所発。28分、別荘着。5時59分、別荘発。6時8分、同県富士河口湖町の中華料理店「異彩中国菜館 湖宮」着。友人や秘書官と食事。8時18分、同所発。26分、別荘着。


・・・・ 8月11日(日)・・・・

【午前】8時28分、山梨県鳴沢村の別荘発。31分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。本田悦朗内閣官房参与、友人らとゴルフ。

【午後】4時56分、同所発。5時、別荘着。20分、本田氏が入った。8時58分、本田氏が出た。


・・・・ 8月12日(月)・・・・

【午前】8時1分、山梨県鳴沢村の別荘発。9時37分、官邸着。10時32分から11時12分、イスラエルとパレスチナの青少年が表敬。21分から22分、報道各社のインタビュー。23分、官邸発。49分、羽田空港着。

【午後】0時19分、日本航空1645便で昭恵夫人とともに同空港発。1時33分、山口宇部空港着。50分、同空港発。2時54分、山口県美祢市の「金子農園」着。梨栽培を視察、秋芳梨生産販売協同組合の組合員らと記念撮影。3時15分、同所発。4時7分、同県
長門市の安倍家の墓着。父、安倍晋太郎元外相らの墓参り。19分、同所発。54分、JR長門市駅前着。練り歩き。5時48分、長門市役所前着。56分から6時9分、歓迎式典であいさつ。11分、同所発。24分、宿泊先の同市の旅館「大谷山荘」着。56分から8時39分、同旅館内の宴会場「芙蓉」で自身の後援会主催の夕食会に出席。

・・・・ 8月13日(火)・・・・

【午前】10時4分、山口県長門市の旅館「大谷山荘」発。昭恵夫人同行。29分、同市の東後畑棚田着。大西倉雄長門市長らと視察。49分、同所発。11時43分から54分、同県萩市の後援会関係者の自宅訪問。

【午後】0時10分、同市の道の駅「萩しーまーと」着。同施設内の「浜料理がんがん」で河村建夫自民党衆院議員、野村興兒萩市長らと昼食。1時22分、同所発。25分、同市の
松陰神社着。38分から48分、河村、野村両氏らと参拝。55分から58分、報道各社のインタビュー。2時3分から15分、境内の松下村塾などを見学。21分、同所発。26分、同市の吉田松陰の墓着。墓参り。隣接する松陰誕生の地を見学。45分、同所発。4時9分、山口宇部空港着。53分、全日空698便で同空港発。6時12分、羽田空港着。25分、同空港発。49分、東京・白金の日本料理店「心米」着。友人らと会食。9時11分、同所発。28分、東京・富ケ谷の私邸着。

・・・・ 8月14日(水)・・・・

【午前】10時32分、私邸発。49分、東京・六本木のホテル「グランドハイアット東京」着。同ホテル内の「NAGOMIスパアンドフィットネス」で運動。

【午後】2時10分、同所発。32分、私邸着。5時10分、私邸発。6時2分、横浜市神奈川区の本覚寺着。秘書官の親族の通夜に参列。7分、同所発。47分、東京・紀尾井町のホテルニューオータニ着。同ホテル内の日本料理店「なだ万本店山茶花荘」で菅義偉官房長官、中川秀直自民党元幹事長、志太勤シダックス最高顧問らと会食。8時33分、同所発。48分、私邸着。


・・・・ 8月15日(木)・・・・

【午前】8時32分、東京・富ケ谷の私邸発。44分、官邸着。52分、外務省の杉山晋輔外務審議官、上月豊久欧州局長が入った。9時15分、上月氏が出た。24分、杉山氏が出た。30分から10時10分、メネンデス米上院外交委員長が表敬。12分から24分、閣議。27分から38分、月例経済報告関係閣僚会議。39分から55分、甘利明社会保障・税一体改革担当相、中村秀一内閣官房社会保障改革担当室長。57分から11時1分、「ABUアジア・太平洋ロボットコンテスト」日本代表チームが表敬。17分から18分、報道各社のインタビュー。19分、官邸発。26分、東京・三番町の千鳥ケ淵戦没者墓苑着。献花。29分、同所発。33分、東京・北の丸公園の日本武道館着。51分、全国戦没者追悼式開始。

【午後】0時53分、追悼式終了。55分、同所発。1時2分、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急着。同ホテル内のレストラン「ORIGAMI」で秘書官と昼食。42分、同ホテル発。56分、東京・西新宿のホテル「ヒルトン東京」着。同ホテル内の「村儀理容室」で散髪。3時9分、同ホテル発。21分、私邸着。4時35分、私邸発。5時50分、山梨県鳴沢村の別荘着。6時48分、別荘発。56分、同村の笹川陽平日本財団会長の別荘着。笹川氏、森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、石原伸晃環境相、加藤勝信官房副長官、萩生田光一自民党総裁特別補佐らと食事。9時10分、同所発。18分、別荘着。


・・・・ 8月16日(金)・・・・

【午前】6時55分、山梨県鳴沢村の別荘発。59分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。森喜朗元首相、茂木敏充経済産業相、石原伸晃環境相、日枝久フジテレビ会長らとゴルフ。

【午後】2時11分、同所発。15分、別荘着。5時30分から9時12分、古森重隆富士フイルムホールディングス会長、日枝氏らとバーベキュー。


・・・・ 8月17日(土)・・・・

【午前】6時40分、山梨県鳴沢村の別荘発。7時5分、同県山中湖村のゴルフ場「富士ゴルフコース」着。古森重隆富士フイルムホールディングス会長夫妻、昭恵夫人らとゴルフ。

【午後】1時47分、同所発。2時21分、別荘着。5時24分、別荘発。46分、同県忍野村の日本料理店「お食事処忍野八洲」着。JXホールディングスの渡文明相談役、長谷川栄一首相補佐官らと会食。昭恵夫人同席。8時20分、同所発。44分、別荘着。


・・・・ 8月18日(日)・・・・

【午前】8時20分、山梨県鳴沢村の別荘発。27分、同村の鳴沢ゴルフ倶楽部着。御手洗冨士夫キヤノン会長兼社長、渡文明JXホールディングス相談役、杉田亮毅前日本経済新聞社会長、長谷川栄一首相補佐官らとゴルフ。

【午後】4時4分、同所発。10分、別荘着。5時33分、別荘発。57分、同県山中湖村のホテルマウント富士着。6時2分から5分、石原慎太郎日本維新の会共同代表、石原伸晃環境相。6分、宴会場「メヌエット」で、日枝久フジテレビ会長、加藤勝信官房副長官らと会食。昭恵夫人同席。8時45分、同ホテル発。9時11分、別荘着。


・・・・ 8月19日(月)・・・・

【午前】10時37分、山梨県鳴沢村の別荘発。55分、同県富士河口湖町の河口湖美術館着。現代美術コレクターで精神科医の高橋龍太郎氏のコレクション展鑑賞。11時44分、同所発。

【午後】0時4分、別荘着。

・・・・ 8月20日(火)・・・・

【午前】6時49分、山梨県鳴沢村の別荘発。52分、同県富士河口湖町のゴルフ場「富士桜カントリー倶楽部」着。山本有二衆院予算委員長、鴨下一郎自民党国対委員長、日枝久フジテレビ会長とゴルフ。

【午後】2時13分から14分、報道各社のインタビュー。15分、同所発。19分、別荘着。5時44分、別荘発。53分、同県富士吉田市の中国料理店「蓮」着。母親の洋子さん、秘書官らと食事。7時28分、同所発。39分、別荘着。


 
< 2013.08.19 産経新聞朝刊から >

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2013年8月20日 (火)

この厄介な国、中国(最終回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
中国は中国である限り、永遠に変わらない


 中国共産党の本質は、国民国家というベールをまとった皇帝システムである。つまり、共産党は皇帝であり、二千年来つづいてきた " 政党 " の後継者なのである。

 だが、それも無理はない。中国大陸は、あまりにも広大であり、また、それを構成している民族の歴史や文化といったものもあまりに違いが大きすぎる。結局、中国なるものを統治するシステムは、秦の始皇帝以来の「皇帝システム」以外にはないのである。

 先ほども記したように、日本人もアメリカ人もやがては中国も近代化すると思っている。しかし、中国が近代化を実現するときは、中国が崩壊するときである。少数民族による自治や、言論の自由といったものを実現させれば、中国というシステムはその瞬間に消えてしまう。

 これは、中国人そのものに問題があるのではない。結局、近代国家にはサイズの上限というものが存在するということなのである。

 その好例が台湾である。台湾は、国土の大きさも人口も、国民国家としてきわめて適正なサイズである。また、強制的ではあったが、曲がりなりにも北京語が共通語として機能している。台湾人の北京語にはひどい台湾訛りがあるが、それを訛りと考えず、独自の言語であると考えれば、それは充分、台湾の国語として通用する水準にある。

 しかも、台湾は五十年間日本に統治されたことで、台湾人としての連帯感を持つことができた。だから訛りを恥じず、それが台湾独自の言語なのだという意識が持てれば、国民国家にスムーズに移行できる条件がそろう。総統直接選挙で事実上の独立を果たした台湾には、国民国家としての洋々たる前途があると私は確信している。

 繰り返すが、いまのままの " 中国 " が本当に近代化することは、未来永劫ありえない。中国は中国であるかぎり、秦の始皇帝以来の皇帝システムによる支配をつづけていかざるをえないのである。万が一、そのシステムが崩壊するときがあるとすれば、それは中国が中国でなくなるとき、つまり皇帝システムとともに中国も崩壊するときである。結局、中国は中国でありつづけるかぎり永遠に変わらない・・・・これが、私の結論である。

 その中国という存在が、いつの日にか崩壊することがあるのか、それとも赤い皇帝が永遠に君臨しつづけるのか。それは誰にも分からない。

 だが、ただひとつだけ間違いなく言えることがある。それは日本が中国の隣に未来永劫ありつづけるということであり、日本人は否が応でも中国人という世界にも稀な行動原理を持つ人々と付き合っていかなければならない、という事実である。

 日本という国家は、その建国からして中国という存在を抜きにしては語れない国である。日本人が日本人であるかぎり、中国という存在はつねに最大のテーマであることに変わりはないのだ。




2013年8月19日 (月)

この厄介な国、中国(第8回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
反中国としての「日本」の誕生


「日本」という国家が誕生する前、つまり倭国の時代の日本列島には、さまざまな人間が暮らしていた。もとから日本列島に住んでいた人もあれば、朝鮮半島や大陸から移り住んできた人々もいた。そうした人たちが渾然と暮らしていたのが倭国であって、そこには当然のことながら、日本人という意識はない。なにしろ、国境という概念もないのだから、それは無理もない話である。また、倭王の朝廷にしても、日本列島全体が自らのテリトリーであるという明確な意識もなかったことであろう。

 ところが、そのような曖昧な状況に終止符を打たざるをえない状況が海の向こうで起こった。それは唐帝国の出現である。隋を滅ぼした唐は朝鮮半島に勢力を伸ばし、新羅をまず属国にした。そして、その新羅は唐からの軍事介入を得て百済、高句麗を滅ぼし、ついに六七六年、朝鮮半島全体が唐=新羅の支配下になったのである。

 ここに至って、「倭国」はついに二者択一の選択を迫られることになる。つまり、朝鮮半島同様、唐の支配を受けるか、それとも独立を保って彼らに抵抗するか・・・・。

 当初、倭国は唐に対する接近策を採った。「倭国」としての最後の遣唐使が持って行ったのは、その二年前の六六八年に新羅=唐の連合軍が高句麗を滅ぼしたことへの祝辞であった。それまで倭国は、百済と結んで新羅=唐の侵略に対抗していたわけだから、祝辞を出した背景に、唐帝国に対して低姿勢を採ることで、倭国への侵略を防ごうという意図があったことは明白である。

 しかし、誰が考えても分かるように、そうした「お世辞」を言ったところで、唐の姿勢が変わるわけではない。その一方、日本列島にいた人々は、大陸や朝鮮半島からの移住組も含めて、自衛のために団結することに衆議一決した。それが七〇二年の遣唐使が「日本」からの使者を名乗った理由であるというのが、私の解釈である。

 だから、七〇二年以後の遣唐使は一度として、正式な国書を携えなかった。それ以前の倭国からの遣隋使、遣唐使は、かの「日出る処の天子・・・・」の国書で分かるように、曲がりなりにも国書を持って行ったわけだが、「日本」成立以後は国書を持っては行かなかった。そのことは中国側の史書にも記されていて、日本の遣唐使が国書を持っていないために、彼らの身元確認に苦労したということも書かれている。

 なぜ、国書を持たなかったかと言えば、もし正式な国書を持って行けば、それは唐に対する明確な不服従を表明することになるからである。

 というのも、日本が国書を起草することになれば、「日本天皇」という文字を使わなければならない。天皇という称号も、日本という国号制定と同時に定められたものであるが、天皇の「皇」という文字に、「中国皇帝と対等なる主権者」という意味が込められているのは言うまでもない。だから、天皇による国書を呈示するということは、「唐の皇帝の支配を日本国は認めない」ということの表明に他ならない。

 もちろん、日本は最初から「中国の支配下に入らない」ということを国是にして誕生した国家であるわけだが、現実論として、それをあからさまに相手に宣告するのは喧嘩を売るような愚行でしかない。そこで、日本の朝廷は「政経分離」、つまり正式な国交関係は持たずに、中国との経済関係を保つという方針を選択した。それが「国書なき遣唐使」なのである。

 この「政経分離」の方針は、十九世紀に日本が欧米に対して開国するまで貫かれた。

 その間、足利義満が「日本国王」を名乗って、明と貿易を行なったり、あるいは江戸幕府が朝鮮からの通信使を受け入れたという事実はあるが、日本側から見れば、義満も徳川家も日本の正式なる主権者ではなく、建前のうえからは、あくまでも朝廷から任命された征夷大将軍にすぎない。日本の主権者は、建国以来、ずっと天皇である。だから、足利義満や江戸幕府のやったことは単なる「私交」であって、正式な外交関係とは呼べないわけである。

 日本が中国大陸を支配する政権と、史上初めて正式の外交関係を待ったのは、一八七一年の日清修好条規からである。しかし、その時代の中国はそもそも満洲族の「植民地」なのだから、中国本来の政権とは言いがたい。本当の意昧での中国との正式外交は、一九一二年の中華民国成立を待だなければならなかったのである。

 重ねて言うが、日中両国間の国交は二十世紀まで、一度もなかった。日本という国は、もともと中国と絶縁することを目的として建国されたのだから、それはまことに当然のことである。鎖国はなにも江戸幕府の専売特許ではない。日本という国は、鎖国を基本政策に据えることから始まった国家だったのである。




2013年8月18日 (日)

この厄介な国、中国(第7回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
日中の国交は二十世紀までなかった


 日本人は建国以来、真の中国に接した期間がほとんどない、と私は書いた。これはけっして文学的な比喩として述べた表現ではない。

 歴史的事実を指摘すれば、日中間に国交関係が樹立されるのは、一九一三年以降のことであり、それ以前には、ただの一度も日中間に国交関係がなかった。一八七一年に日本が日清修好条規を結んだ相手は満洲人の清朝で、中国を支配してはいたが、中国人の国ではなかった。

 つまり、日本人が中国ときちんと接触するのは二十世紀に入ってからのことであり、日本人が中国を「知る」ようになって、わずか九十年間しかたっていないということなのである。これは言うまでもなく、日英関係、日米関係よりも短い。ましてや、共産中国の成立(一九四九年)から日中国交が正常化するまでの二十三年間は、実質的には絶縁状態だったのだから、日本人が中国を知らないのは、きわめて当然のことと言わねばならない。

 日本と中国の正式な国交が二十世紀まで存在しなかったと言うと、たいていの人は「そんなな馬鹿な」という反応を見せる。たしかに日本の歴史教育では、古代の朝廷は遣唐使を通じて日本が中国と国交を持っていたと教えているのだから、そう思うのも無理はない。

 しかし、事実は違うのである。日本は建国以来、二十世紀に入るまで中国と正式に国交を持ったこともないし、持とうと思ったことすらない。

 まず遣唐使のことから説明したい。

 ご存じのように、遣唐使は六三一年から始まった。そして、菅原道真の献策により八九四年に廃止されるまで、数十回の使節が派遣された。

 さて、この二百五十年あまりの間に、日本列島においては重大な変化が起こっている。それは「倭国」から「日本」への変化であった。

 中国の記録を丁寧に検証してみればただちに分かることだが、当初の遣唐使は「倭国」からの使者であった。ところが七〇二年、つまり文武天皇の大宝二年に唐に到着した使節は「日本からの使者」と名乗ったとある。その直前の六七〇年の遣唐使までは、たしかに倭国からの使者であったから、その三十二年の間に「日本」という国家が成立したことになる。

 もちろん、倭国から日本への変化が起きたといっても、そこでクーデターが起きて政権の主体が変わったわけではない。同じ倭王の朝廷が「倭国」という名称を廃して、対外的に「日本」を名乗ることに決めたということである。

 しかし、これは単なる名称の変更というだけのことではない。この「倭国」から「日本」への変更には、重要な意味が秘められていた。それはなにかと言えば、独立国家としての「日本の誕生」であり、それは同時に、中国に対する「絶縁」を宣言しているということでもあった。




2013年8月17日 (土)

この厄介な国、中国(第6回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
古くからの隣人という幻想


 例えば、有名な話だがアメリカのマクドナルドが北京の天安門広場に開店したハンバーガーショップ第一号店は、北京市当局の理不尽な政策によって、立退きを余儀なくされた。それまでかなりの収益を上げていた店が、一片の通達によって閉店させられるという事態は、たいていの経営者にとって不愉快きわまりないことだろう。だが、そのような目に遭ったマクドナルドが中国から撤退したという話は聞かない。それどこ力で総店舗数を、どんどん増やしつつある。

 なぜ、同じ中国に進出した企業でも、日本と欧米資本とではこのように対応が異なるのか・・・・その最大の原因は、欧米人が中国人に対して、いっさいの先入観や思い入れがないという点にあるためである。逆に言えば、日本人は中国および中国人にたいして、過剰な期待や幻想を抱いているため、中国人とのビジネスに失敗してしまうことが多い。

 つまり、欧米人は中国人のやり方に接しても、「なるほど中国人というのは、そういう連中か」と学習するだけで、けっしてがっかりしない。しかし、日本人の場合、そうした中国人の「あこぎなやり方」に接すると、裏切られたという思いが先に立ち、やる気を喪失してしまう。

 日本人の中には、中国に対する抜きがたい「幻想」が居すわっている。それはなにかと言えば、「日本人と中国人は古くからの " 隣人 " である」という幻想であり、「日中は理解しあえる」という間違った思い込みである。この幻想から自由にならないかぎり、日本人はこれから先も中国人と付き合っていくことは永遠にできないであろう。これは、歴史学者としての私の実感である。

 かつてギリシアの哲人ソクラテスは「無知の知」を説いた。つまり、自分がなにも知らないという事実を認識することから哲学は始まるというのだが、日本人にとっての中国もそれと同じである。つまり、中国や中国人のことをなにも知らないのだという自覚を持たないかぎり、日本人は永遠に中国を知ることはできない。日中合弁企業が成功しないのも、日本人が中国のことを知っているつもりになっていることが最大の原因となっている。

 繰り返し強調するが、日本人は中国や中国人のことをなにも知らない。これは、中国について不勉強であるという意味ではない。

 そもそも、日本という国ができて以来、日本人は真の中国や中国人に接する機会はほとんどなかったのだから、知らなくて当然なのである。

 地理的には、たしかに中国大陸と日本列島は至近距離にあるわけだが、こと相互理解という点に関しては、日中間はほとんど絶無に等しい。このような例は世界史的に見ても、ひじょうに珍しいのではないだろうか。




2013年8月16日 (金)

この厄介な国、中国(第5回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
殺伐たる夫婦関係


 宴会や会議と並んで、相手の人脈を探るうえで重要なのは麻雀である。

 中国の麻雀パーティーは、たいてい有力者の奥さんが主催者である。旦那はいつも宴会で飛び歩いているから、奥さんは閑を持てあましている。そこで毎晩のように、権力者の家庭では麻雀パーティーが開かれ、そこには出世欲に満ちた部下たちが集まるという寸法。

 ただし、この様子を日本人は、「なるほど、ボスの奥さんにゴマを擦っておこうというわけだ」と早合点するが、それは間違いである。そうではなくて、自分のボスの弱味を最も知っているのが、その奥さんだからである。奥さんと仲よくなることによって、ボスの弱点を摑み、そこから出世の糸口を探そうというのである。また、同期のライバルたちに「俺はボスの奥さんとも仲がいいのだ」と知らしめることで、彼らの戦意を沮喪させようという意味もある。

 中国人は一歩表に出れば、敵だらけだと思っていると書いたが、実のところは、それ以上に厳しい世界に住んでいる。彼らは家庭に帰っても、気を緩めることができない。なにしろ、男にとって最大の敵は、自分の妻であるからだ。

 妻ほど自分の私生活を知りつくしている人間はいない。つまり自分の弱点を最も握っている危険人物は、妻なのである。

 どうして、中国において夫婦間が敵対関係になるのか・・・・その理由はいくつかあるが、その最大の原因は中国社会が父系社会であることにある。

 ご存じのように、中国では結婚しても女性は姓が変わらない。いまの日本では夫婦別姓論議がさかんだが、中国の場合、女性の姓が変わらないのは、彼女の地位が高いからではない。結婚しても姓が変わらないというのは、要するに、いつまでたってもよそ者扱いされているということである。

 極論を言えば、中国において女性とは、跡継ぎを作るための道具に他ならない。もちろん、この場合の跡継ぎとは、男の子のことであを女の子を産むようでは問題外である。

 なぜそこまで男の子にこだわるのかというと、中国では男系の子孫だけが死んだ人の魂を祀ることができるからである。そうでない者、つまり娘がいくら供物をしても、それは死者の口に届かない。そのため、男系の子孫が絶えた家では、死者は永遠に腹を空かせていなければならない・・・・だから、男の子を産むかどうかが「家」の最大の関心事となるのである。

 しかし、男の子を産んだからといって、扱いが変わるわけではない。あくまでもよそ者はよそ者なのだが、跡継ぎの母親ということで、多少大事にされるくらいのことである。

 先年話題になった『ワイルド・スワン』(講談社刊)では、主人公のお婆さんの世代の話(つまり、革命前の時代)が事細かに書かれている。それを読めばよくお分かりいただけると思うが、要するに嫁に来た女性というのは実質的には奴隷である。働かされるだけ働かされて、さらには跡継ぎを催促され、男の子が生まれなければ、ただちに放り出される。
 
『ワイルド・スワン』のおばあさんは、せっかく男の子を産んだのだが、「うちに必要なのは跡継ぎだけだ」と言われて、婚家から放り出されてしまう。このメンタリティーは、革命後の中国でも基本的には変わらない。

 ちなみに、今日の中国の都市では一人っ子政策が採られているのはご存じのとおりだが、男女の出生率は最新版の中国統計年鑑によると女子百に対し、男子百十七である。普通どんな人種でも、出生時の性比は男子のほうが若干高めになるのだが、それでも女子百に対し、男子は百五ないし百六である。この中国の出生性比は不自然であり、何らかの人為的な力が働いていると考えるのが自然だが、いずれにしても、現代中国においても男系重視の伝統は脈々と流れつづけている。

 そんなわけだから、いきおい女性のほうも防衛上、強かにならざるをえない。ありとあらゆる手段を講じ、亭主の弱昧を摑んでいなければ自分の身が危なくなる。ちなみに、中国人の夫婦ゲンカの激しさは有名な話で、たがいに大声で罵りあい、近所の人や通行人にまで自分の正当性や相手の不実を訴えるわけだが、これもまた「バルネラビリティの原理」なのである。

 そうなると、今度は夫のほうでも防衛策を講じることになる。妻に弱昧を見せないのは当然のこと、妻の弱昧を摑まえようと必死になる・・・・かくして、中国の夫婦関係はどんどん殺伐たるものになっていくのである。

 中国史には毒婦、悪妻の例は、殷の紂王の妲己から始まって、毛沢束の江青夫人に至 るまで枚挙に暇がないが、それは当然のことなのである。




2013年8月15日 (木)

この厄介な国、中国(第4回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
他人はすべて敵


 大家族の中で暮らすのが理想・・・・これは一見すると、ひじょうに美しく麗しく、懐かしい話に聞こえるかもしれない。しかし、日本人とまったく違うのは、中国人の場合、これは裏を返せば、同じコミュニティーに属さない人間はまったく信用しない、ということに繋がる点である。

 つまり、他人はすべて敵であり、油断をすれば、いつ寝首を掻かれるか分からないという考えが、中国人のメンタリティーの中に牢固として根ざしているのである。

 台湾の作家・柏揚が書いた『醜い中国人』(光文社刊)、これは中国人の書いた中国論の中で出色のものだと考えているが、その中に、こういう話が記されている。

 柏揚氏が講演旅行のためにアメリカに行ったとき、アメリカ在住の友だち(中国人)から忠告されたことがひとつあった。それは「ドアを通ったら、次に来る人のために、そのドアを押さえていろ」というアドバイスである。

 しかし、大陸生まれで台湾で長く暮らした柏楊氏には、なぜ、そんなことをするのか理解できなかった。「赤の他人のために、そんなことをしてやる義理はない」と彼は思う。

 それでビルに入るときに、いつものとおりにビルの入り口で、ドアを後ろも見ずにバタンと閉めた。すると、後ろから悲鳴が聞こえてくるではないか。振り返ると、戻ってきたドアにぶつかつて老人が引っくり返って、大騒ぎになっている。

 そこでさすがに反省した柏楊氏は、次からは自分につづく人のためにドアを押さえてみることにした。すると仰天したことに、ドアを押さえてもらったアメリカ人たちが、彼に「サンキュー」と言うではないか。

 なにしろ、「ありがとう」などという言葉は、中国人社会において、他人には絶対使わない文句である。自分も言わないが、相手も言ってくれない・・・・これが普通の社会だと思っていたところ、ドアを押さえておいたくらいで、「ありがとう」とは・・・・。

 しかし、驚くと同時に柏楊氏は、何だか温かい気持ちになった。「そうか、他人から『ありがとう』と言われるのは、こんなに気持ちがいいことなのか」、彼は台湾に帰っても、この習慣を守ろうと心に決めた。

 さて、台湾に戻った柏楊氏は、さっそくアメリカで覚えた習慣を実践した。台北市内のビルに入ったとき、後ろから来る人のために、ドアを押さえてあげたのである。すると、後ろからきた女性が、ドアを押さえている彼を「死んだ魚のような目」でジロッと睨んだのである。それは「いったい、こいつは何の下心があるのか」という顔であったという。

 この話は日本人から見れば、できすぎた笑い話に聞こえるかもしれない。だが、これこそが中国人の真骨頂なのである。中国人にとって、他人はすべて敵である。だから、見ず知らずの他人が自分に親切心を見せても、そこには何らかの打算や罠があるにちがいないと彼らは考える。もし、そこで「ありがとう」などと言えば、かえって付け込まれるのではないかと身構えるのである。

 中国大陸を旅行した多くの人が口にするのは、中国人商店のサービス精神の欠如である。実際に中国を旅行された方はよく分かると思うが、中国人の店員というのは、まずもって無愛想である。

 なにしろ、こちらは客だというのに、店員は「いったいお前はなにしにきた」という顔である。日本なら、こちらが呼ぶ前に店員が飛んでくるのだが、中国では呼んでもすぐにはやってこない・・・・こういう情景を見て、たいていの日本人は「だから共産主義はだめなんですよ」と言うのだが、それは見当違いの発想である。

 そもそも中国人に日本流のサービス精神など、最初から存在しない。「買うのかどうだか分からない客に、愛想を振りまいても一銭の得にもならない」というのは、中国の伝統的メンタリティーであり、共産主義とは関係ない。

(ただし、日本人客専用の土産物屋は別である。だがそれは、「日本人に対しては、むやみやたらに媚びを売り、愛想を振りまくのが儲けるコツ」と彼らが学習しているにすぎない。日本人のように、「お客さまは神様」などと思ってやっているわけでは、けっしてない)




2013年8月14日 (水)

この厄介な国、中国(第3回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
歴史教科書問題の火付け


 日本の最初の新聞報道から二ヶ月ほどたったころ、いよいよ主役が姿を現わした。人民解放軍である。八月二日付の人民解放軍機関紙に、次のような論説が掲載された。「今回の教科書問題で、日本の野望は明確になった。日本人は再び中国を侵略するつもりである」・・・・論文にはそこまでしか書かれていないが、その意図するところは誰にでも分かる。つまり「日本の再侵略に備えるために人民解放軍を強化しろ」と言うわけである。

 これを読んで、私はすべてがよく見えるようになった。中国マスコミが日本批判を繰り広げている陰で糸を引いているのは、人民解放軍の長老たちであった。そして、その軍の長老たちが本当に攻撃したがっているのは、中国共産党中央、もっと正確に言えば、当時中国の最高権力者であった鄧小平だったのである。

 文化大革命によって、中国では党と行政の組織が完全に破壊され、混乱が長くつづいたことは、読者もご存じのことだろう。工業生産はおろか、食料生産も止まり、数十万、数百万の餓死者が出た。そんな中で唯一無傷であったのが人民解放軍であった。軍は文革の混乱の中、うまく立ち回り、その影響を受けなかった。この結果、中国において軍の力が強くなり、彼らの意向を無視してはなにも決められない状態になったのである。幸い、鄧小平自身は、国共内戦中(一九二七年~三七年および四五~四九年の中国国民党と中国共産党の内戦)には人民解放軍第二野戦軍の政治委員であったため、軍人の間に太い人脈を持っており、目下のところ、軍をある程度は抑えていける。だが、その後継者と目されている胡耀邦らには軍歴がなく、軍を掌握していくことはできそうにもない。これが当時・・・・そしていまも・・・・の中国が抱えている最大の問題である。

 そこで鄧小平は、いまや共産党内で軍の最も強力な権力機構となった党中央軍事委員会を廃止し、国家軍事委員会に移管することによって、軍の力を弱めるというドラスチックな改革をやろうとしていた。

 これに対して、当時総参課長であった楊尚昆をはじめとする、国共内戦以来、人民解放軍を率いてきた長老たちが危機感を覚えたのは言うまでもない。何とか、鄧小平に揺さぶりをかけ、彼の改革に歯止めをかけたい・・・・そんなときに起こったのが、日本の教科書問題であった。彼らはこれが鄧小平攻撃の格好の材料に使えることに気づいたわけである。

 だから、軍の長老にとって、実は教科書問題などどうでもよかった。そもそも日本のマスコミは「侵略」が「進出」に書き替えられたと騒いでいるが、その「進出」という言葉の意味すら中国人にはピンとこないのである。

 実は、この問題が反日キャンペーンに発展したあとになって、新華社通信が「進出」の意味を解説している。中国語では「進」は「入」と同じ意味であるし、「進出」という中国語もない。そのため「進出」という語を中国流にあえて読めば「出入」という意味だと思われてしまう。だから、この教科書問題について、一般の中国人には言葉の意味すら分からない。当然、なにが問題なのかということも分からなかった。このことからも、教科書問題キャンペーンが中国人民の自発的な感情から生じたものではなく、一部の意志に基づいて仕組まれたものであることは一目瞭然なのである。




2013年8月13日 (火)

この厄介な国、中国(第2回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >


「指桑罵槐」とはなにか



 中国人の行動原理を表わすものに、「指桑罵槐(桑を指して槐を罵る)」ということわざがある。桑は畑に植えられる木で、葉は蚕のエサになるが、槐は街路樹や庭木として植えられ、家具を作る際の材料となる喬木であって、似ても似つかない。つまり「桑の木を指して槐を罵る」というのは、「本当の怒りの対象とはぜんぜん別のものを攻撃する」という意味である。

「ニワトリを指して犬を罵る」と言っても意味は同じである。

 中国人が怒っているとき、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。中国人は、どんなときも表立って誰かを批判したり、攻撃することはけっしてない。当事者を直接批判することはほとんどなく、この「桑を指して槐を罵る」というやり方を採る。つまり、ある相手を攻撃しているように見せて、実は別のところにいる人を批判しているのである。

 だから、もし中国人が面と向かって罵り言葉や批判を投げ付けたときには、それにただちに反応してはならない。よく相手を観察し、彼らが真に攻撃したい対象が別のところにあるのでほないかと考えるべきである,言い換えるなら、彼らが書かないこと、語らないことにこそ、事の本質が潜んでいるとみるべきなのである。

 そのことが最も顕著に現われるのが外交関係である。

 その典型的な例が、二〇〇一年に再燃したいわゆる歴史教科書問題である。ここでは、一九八二年に起きた教科書問題を取り上げてみよう。これは、文部省が世界史の教科書の検定で「侵略」という表現を「進出」に書き直させたと日本の新聞が報じたことがきっかけで、中国で大々的な反日キャンペーンが起こり、外交問題となった事件である。

 しかし、念のために付け加えるなら、この発端となった日本の新聞報道はまったくの誤報で、後の調査でも書替えが行なわれた教科書は一冊も確認されなかった。だが、当時はそれが事実として論じられていたのである。

 この「誤報」に対して、当初、中国当局はきわめて無関心であった。

 日本の新聞が初めて教科書検定における文部省の「圧力」を問題にしたのは、この年の六月二十六日のことである。この報道が出た直後、中国ではただ一紙『人民日報』にだけ記事が出たが、コメント抜きで新華社電を引用しただけの、ひじょうにクールなもので、またそれにつづく報道もまったく見られなかった。連日、文部省批判が繰り広げられていた日本とは大違いであった。

 しかし、これは考えてみれば当然のことで、教科書検定は日本の内政問題であり、本来、中国が発言すべき筋合いのものではない。

 ところがそれから一ヶ月後に、事態は一変する。一ヶ月前には無関心だった『人民日報』が、突如として「この教訓はしっかりと覚えておくべきだ」との評論を発表した。そして、これ以後、中国の政府やマスコミの論調が、雪崩を打って反日強硬路線になっていった。明らかに、この対日批判の後ろには中国高官が関与していた。

 私は、この中国の急変ぶりを見て、「ああ、また " 指桑罵槐 " か始まったな」と思った。彼らがこれほど露骨な日本攻撃をしてくる背後には、もっと別の意図があるにちがいない、中国のマスコミは日本攻撃を利用することで、誰か別の相手を罵っているのである。




2013年8月12日 (月)

この厄介な国、中国(第1回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >


「中国人は分からない」からの出発



 一衣帯水という言葉がある。一本の帯のように見える水という意味で、川や海の幅が狭いことを指す言葉である。この言葉は、日本と中国の関係を言うときに、よく使われてきた。それほど、日本と中国の関係は地理的にも精神的にも深いと言われている。

 ところが、それほど親密な隣人であるはずの中国人との付合いにおいて、戦前にしてもそうだが、ことに戦後半世紀以上にわたって、政府にしても、企業にしても、日本人はことごとく対応を誤ってきた。「中国人のやることは分からない」これが少しでも中国人と付き合ったことのある日本人の率直な感想だろう。いや、親しくなればなるほど分からなくなる、と言ったほうがいいかもしれない。

 なぜこのようなことが起こるのだろう。私に言わせれば、この一衣帯水、同文同種という言葉こそが、すべてのトラブルの源となる。

 このことは後で詳説するが、中国および中国人を理解するためには、「書かれていること」より「書かれていないこと」のほうが重要なのである。

 私も東洋史学者のひとりとして、十代のころから無数とも言えるほどの漢籍・・・・つまり「書かれていること」と格闘して、中国の本質を理解しようとしてきた。自分で言うのもおこがましいが、こと漢籍の読書量に関しては、現在の東洋史学界において、私は誰にも引けを取らないと自負している。

 だが、いくら漢籍を読んでみても、中国の本質は分からない・・・・皮肉なことに、私が漢籍と格闘した結果、到達した結論はこれであった。漢籍に「書かれていないこと」のほうが、実は中国理解にとって本質的に重要なのである。

 古来、日本人は「同文同種」の民族として、漢文を読み込むことで、中国を知ったつもりになってきた。しかし、それは、きわめて危険なことで、日本人が中国および中国人を理解することに失敗してきた最大の原因は、実はここにあるといっても過言ではない。

 中国人を知ろうと思うなら、まず同文同種、一衣帯水という幻想から自由になる必要がある。「書かれていること」だけを読めば、さながら彼らは日本人の同胞であり、友人のように見える。

 だが、それは違う。中国人には、中国人独自の行動原理がある。そして、それらは日本人とは極端にかけ離れている。だが、それを理解しないかぎり中国人を理解することはできないのである。




2013年8月11日 (日)

日本を貶めることは何でもする野田佳彦くん




 麻生副総理のナチス発言、我らがヨシヒコくんはどんな反応を示すのかオジサンは愉しみにしていたのですが、案の定というか、予定調和というか、確信犯というか、ジミンガーというか、やっぱりというか、そんじょそこらの反日増すゴミ諸君と同じレベルの主張を、ヨシヒコくんが発しているのを見て、予測はしていたものの、ガックリです。


 
< 2013.08.05 野田よしひこかわら版No.914 >
 http://www.nodayoshi.gr.jp/leaflet/detail/29.html

 
内閣総理大臣の職務とは、初代首相の伊藤博文から綿々と受け継いできたタスキを持って走る、ゴールのない駅伝のようなものでした。転んだり、走るのをやめたり、コースから外れることは国が滅ぶことであり、決して許されません。経験者しかわからない重圧との戦いでした。

  95代目のランナーとなった私は、巡り合わせとはいいながら、震災復興、原発事故や長引くデフレとの戦い、歴代政権が先送りし続けてきた社会保障と税の一体改革、尖閣諸島の国有化など、大きな困難ばかりに直面しました。箱根駅伝でたとえるならば、険しい上り坂の5区の担当走者でした。ぜいぜいと息を切らせながら駆け登っている時に、身内から足を引っ張る者まで現われました。それでも、国家国民のために全力で走り抜けました。その評価は、歴史に委ねます。

  安倍晋三総理は、箱根6区の担当走者です。下り坂を軽快に駆け降りています。でも、上り坂よりも下り坂の走り方のほうが難しいといわれています。調子に乗ってスピードを出し過ぎると、足を痛めます。転倒する危険もあります。坂を下る時のランニングには、細心の注意が必要なのですが…。

  案の定、麻生太郎副総理兼財務相からは、憲法改正に関連しドイツのナチス政権を引き合いに「あの手口、学んだらどうかね」という信じられない暴言が飛び出しました。こんな調子で、下り坂を暴走されたらたまったものではありません。

  政権の暴走に歯止めをかけるのが野党の役割です。とりわけ、与党経験のある民主党の責任は大きいと思います。タスキを掛けた経験のある私も、危うい走り方を厳しくチェックしていく決意です。



 相変わらず使い回しの駅伝ネタですが、嬉々として特亜並みの「信じられない暴言が飛び出した」と恥ずかしげもなくレッテル張り出来るヨシヒコくんのお姿は、もはや、ジミンガーレベルは通り越して、昨今の手の施しようのないお隣のお国の女性大統領と、何ら替わりありません。

 ヨシヒコくん、自らの発言が、特亜諸国の安倍政権攻撃材料の後押しに繋がることを、充分計算済みです。

 ヨシヒコくん、きみは、そんなにまでしてこの日本を苛めたいのかい?

 お天道さまは、そろそろヨシヒコくんに、罰ゲームを・・・・。

 2ch的には、ヨシヒコくんも増すゴミ諸君も、なりすましなるが故の日本語が分らないウリナラマンセーグループそのものなのですが、日本国民はまだまだ優しいですから、彼らが明らかに悪くて間違っていると認識しつつも、彼らの悪を指摘したり、批判したり、と同時に、ウリナラ民族とは一線を画し、彼らと距離を置くことがどうしても出来ません。

 戦後68年間、彼らは、日本人のこの優しさを、徹底的に逆利用してきました。

 南京大虐殺しかり、強制連行しかり、従軍慰安婦問題しかり。昨今では、彼らは更にエスカレートして、毎日がもう何でもありの、反日・侮日の超弩級の火病を繰り返しております。

 この流れを許してしまったのは、ヨシヒコくんの「太陽政策」です。

 そしてそのキッカケとなったのは、明らかに、丁度1年前の明博くんの竹島上陸、天皇陛下謝罪要求発言からです。

 融和派のヨシヒコくんは、この時も、遺憾に思う、明博兄さん、どうしちゃったんだろう、のコメント以外は黙して語らずで、政治的にも、外交的にも、具体的な行動はな~んにもなさらずに、見て見ぬ振りを貫き通されました。

 そして、ヨシヒコくんは、今尚、日本が対面している国難には、知ら~ん顔です。

 ポッポくんが、尖閣は中国の領土だとの賜わっても、知ら~ん顔。

 米国に性奴隷の碑が建立されても、知ら~ん顔。

 衆院選でミンス大惨敗でも、知ら~ん顔。

 都議選でミンス大敗でも、知ら~ん顔。

 参院選で自ら応援した候補者が落選しても、知ら~ん顔。

 尖閣に中国公船が毎日領海侵犯しても、知ら~ん顔。

 なのに、麻生ナチス発言には、即反応。

 いやはや、実に判りやすいですね、ヨシヒコくんというお方は。

 お天道さまは、こんなヨシヒコくんを、いつまで野放しにしておくんでしょうか。


 
< 反日思想の源泉はコリア系左翼 >
 http://www.youtube.com/watch?v=jogTSNsiJsc

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< 麻生ナチス発言の歪曲、これが情報戦の現実 >
 http://www.youtube.com/watch?v=piH74kWs5-U&


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2013年8月10日 (土)

政治の素人、野田佳彦くんが語るミンス党の未来




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 我らがヨシヒコくん、殊勝にも「敗軍の将は兵を語らず」なんて仰有ったことはすっかりお忘れになって、何やら、ミンスの未来戦略を語り合う会合をお開きになったようです。


 
< 野田前首相ら「6人組」が会合 >
 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013080700248

 
民主党の野田佳彦前首相、前原誠司元外相ら、政権担当時に主流派幹部だった6人が6日夜、東京都内で会合を開いたことが7日、分かった。参院選惨敗を受けた党の立て直しや、野党再編の在り方などについて意見交換したとみられる。

 出席したのは、党内グループをそれぞれ率いる野田、前原両氏のほか、岡田克也前副総理、玄葉光一郎前外相、枝野幸男元官房長官、安住淳元財務相で、「6人組」などと称されている。



 なになに、ヨシヒコくんたちが、「6人組」と呼ばれてる、ですってェw

 そうかぁ~、きみたち、やっぱり、文革に憧れてたんだぁ。

 そうすると、きみたちの政治的最終目標は、日本国憲法から「天皇条項」を消し去り、我が国日本を「共和制」にすることなんだね。

 なら、ヨシヒコくん、ここは、再び、小沢のいっちゃんを仲間に引き入れた方がいいんじゃないの。

 はっきり言わせてもらうけど、きみたち「6人組」に、そんな胆力も政治手腕も、からっきし無いと思いますよ。


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 などと考えつつ、特亜の諜報機関「NHKさま」の報道を拝見したら、こんなでした。


 
< 前首相ら6人 民主党立て直しで一致 >
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130807/k10013596841000.html

 
野田前総理大臣や岡田前副総理ら民主党政権で中枢を担った6人が、6日夜、都内で会合を開き、参議院選挙などの大敗を踏まえ、政策の練り直しや地方を含めた組織の立て直しを急ぐべきだという認識で一致しました。(中略)

 
この中では、民主党の中堅・若手議員が日本維新の会やみんなの党と会合を開くなど、党内で野党の再編を視野に入れた動きが表面化しているものの、去年の衆議院選挙と先月の参議院選挙の大敗を踏まえ、今は民主党として政策の練り直しや地方を含めた組織の立て直しを急ぐべきだという認識で一致しました。

 さらに、安倍政権の経済政策「アベノミクス」について、「物価高などの副作用が出ており、持続的な経済成長にはつながらない」などとして、引き続き国会審議などを通じて問題点を指摘していくことを確認しました。



 このURLにアップされている動画を拝見しますと、本会合は、さも民主党本部で、昼間開催されたような印象操作がバレバレですが、実際は、夜間、どこかに、車で乗りつけている様子から判断しますと、恐らく、都内某料亭で開かれているんでしょう。

 と言うことは、「民主建て直しのための会合」とは表向きのパフォーマンスに過ぎず、実体は、もう、誰にも相手にされなくなった暇人オジサン6人組が、久しぶりの呑み会で、法螺話と愚痴を語り合ったってことですね。

 だって、本当にマジでミンスの行く末を語る話し合いが行われたのなら、ミンス党オフィシャルHP上にその内容が掲載されてしかるべきですが、本日に至るまで1行たりとも、本会合の報告はなされておりません。

 要は、6人組の単なる暇つぶしのお座敷遊びだったてこと。

 どうせ、典型的な「構ってちゃん」のヨシヒコくんあたりが、増すゴミ諸君に一斉強制取材命令を下したことを受けて、左巻き通信社と在日放送局の2社がホルホルして、ヨシヒコくんのプロパガンダに協力したんでしょう。

 どうです、ヨシヒコくん。

 大酒喰らって、ジミンガー、アベガーを声闘し合って、少しは気が晴れたかな。

 でも、きみたち6人組、いい年をして、お遣りになってること、哀しくなるほど幼稚ですなぁ。

 夜、呑みながら、組織の立て直しとジミンガーで、盛り上がっているんですから。

 これだけでも、きみたちが政治の素人であることが、日本国民には、よ~く判ります。

 そもそも、きみたち全員が、国家感を持ち合せていません。

 かつ、半島と日本との間に国境が存在していることさえ、理解していない。

 きみたちの脳内で存在している国家とは、上下朝鮮とシナと米国の四ヶ国だけでしょう。

 故に、きみたちは、日本がどうなろうと、何とも思っていない。

 その結果が、昨夏の、メドヴェージェフの国後上陸、シナ便衣兵の尖閣上陸、明博の竹島上陸です。

 これでは、いくら増すゴミ諸君が「夢よもう一度」で、未だに、火病レベルのミンス全面支援体制をキープしてくれたところで、日本国民が、きみたちに騙されることは、二度とあり得ません。

 昨年12月の衆院選、先月の参院選の結果が、全てを物語っております。

 そうは言っても、きみたちが、この現実を認めることも、到底、あり得ない。

 何故なら、きみたちは、自分たちに不都合な現実は、800%、受け入れることがない永遠のファンタジスタだから。

 結局、きみたちには、自分たちが権力を握ったこの3年3ヶ月の想い出に、死ぬまで浸ることでしか生きる道は残されていない。

 だって、きみたちは、政治の素人だったんですから。

 つまるところ、きみたちの本業は、日本国民を騙すことだだったんですから。



 
< 適菜収著「日本を救うC層の研究」2013年7月講談社刊から > 


 
素人が暴走する社会

 
世の中にはプロフェッショナルが扱うべき領域があります。

「虫歯を抜くべきか抜かぬべきか」という判断は、患者ではなく歯科医がすべきです。

「緊急時に不時着すべきか否か」という判断は、乗客ではなくパイロットがすべきです。

 いくら優秀なパイロットであっても歯科医の仕事に口を出すべきではない。

 逆に、いくら優秀な歯科医であっても飛行機は操縦しないほうがいい。

 これは歯科医やパイロットといった専門的な技術を要する職業だけでなく、程度の差こそあれ、あらゆる職業に当てはまります。

 プロフェッショナル、専門家、職人の意見は素人の意見よりも重視すべきです。

 ごく当たり前の話なのですが、当たり前の話が通用しないのが現代です。

 プロフェッショナルや専門家が熟慮の結果下した判断が、住民投票や署名運動で取り消されるような時代です。服飾評論家が外交問題を語り、タレント崩れが原発問題を語る時代です。



 
♪ ミンス6人組は、一体、何のプロフェッショナル? ♪


① 野田佳彦:政治は素人、嘘つきとジミンガーはプロフェッショナル

② 岡田克也:政治は素人、シナ向け賄賂とオカラ作りはプロフェッショナル

③ 前原誠司・政治は素人、焼肉とハルモニ籠絡はプロフェッショナル

④ 玄葉光一郎:政治は素人、メヒカリとぎょろ目で正常を装う演技はプロフェッショナル

⑤ 枝野幸男:政治は素人、極左と国会審議火病発症はプロフェッショナル

⑥ 安住淳:政治は素人、ノーテンキとガソリンプール備蓄はプロフェッショナル



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2013年8月 9日 (金)

野田佳彦くん、遂に、犯罪者を輩出




 
< 民主元財務副大臣を書類送検へ 滋賀県警、参院選で公選法違反容疑 >
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130807/waf13080711220009-n1.htm

 
参院選公示前に投票を依頼する文書を有権者に送付したとして、滋賀県警が、公選法違反(事前運動、法定外文書頒布)の疑いで比例代表で立候補、落選した元財務副大臣の五十嵐文彦元民主党衆院議員(64)を近く書類送検する方針を固めたことが日7、捜査関係者への取材でわかった。

 捜査関係者によると、五十嵐氏は参院選公示前の今年5月下旬から6月中旬にかけ、同県内などの有権者に投票を呼びかける法定外文書を郵送した疑いが持たれている。文書には「1人でも多くの親戚や友人をご紹介下さい」などと書いた上で比例代表の投票の仕方を紹介していたという。県警は7月下旬に埼玉県内の五十嵐氏の事務所を家宅捜索し、パソコンなどを押収していた。

 五十嵐氏は平成5年の衆院選で日本新党から出馬し初当選。その後、民主党結成に参加した。民主党政権では22年9月から財務副大臣を務めたが、昨年12月の衆院選で落選。参院選には比例代表で出馬し、2万9077票を獲得したが落選した。


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(参院財政金融委員会で答える五十嵐文彦財務副大臣。右は野田佳彦首相=2011年11月29日、国会)



 おやおや、山本太郎くんの公選法違反逮捕が先かと思っていたら、ナント、ついこの間まで日本の財政運営を一手に取り仕切っておられた野田内閣の財務副大臣さまが、書類送検されてしまったようです。

 我らがヨシヒコくんって、雇用拡大のために犯罪人さえ御雇いになる、とっても、尊敬すべき人物だったんですね。偉いなぁ~、ヨシヒコくんって。

 そもそも、この64才児のフミヒコくん、自称・警察官の伜ですってさ。

 ふぅ~ん。

 警察官の伜は悪いことは絶対しないニダ、と信じて、自称・自衛官の伜であられますヨシヒコくんは、フミヒコくんを御雇いになったんですね、きっと。

 でもね、ヨシヒコくん、このフミヒコくんがいくら自称・警察官の伜ではあっても、チョクトくん、センゴクくん、ケイコくん(以下略)と同様に、フミヒコくんもまた、もろ、全共闘全盛時に青春をお過ごしになった正真正銘のな団塊の世代のザ・サヨクですからね。

 あさま山荘事件で陣頭指揮を取った初代内閣安全保障室長の佐々淳行さんが、全共闘絶頂期の頃、チョクトくんを逮捕しそこなったとチャンネル桜の番組内で仰有ってますが( http://www.youtube.com/watch?v=zcTlofLogLw )、このフミヒコくんの学生時代の素行も相当怪しいと考えなければなりません。

 東大文学部出て、時事通信の記者15年遣って、会社辞めて、以後は政治ゴロの生活・・・・。

 結局、まともな会社はどこも雇ってくれなくて、左翼通信社に勤めはしたものの、そこでも使いものにならなくて追い出され、1990年衆院選、無所属で旧東京7区から立候補して落選。

 以降、1993年旧埼玉2区から日本新党公認で初当選、94年日本新党離党し新党さきがけに合流、96年埼玉6区民主党公認で落選、2000年北関東比例で当選、2003年再選、2005年郵政選挙で落選、2009年政権交替選挙で返り咲き、2012年12月総選挙で落選、2013年7月参院選全国区で立候補し落選。

 で、ファイナルアンサーは、2013年8月、公選法違反で書類送検。

 無所属から日本新党に所属、そして民主党へ・・・・。

 この辺りの境遇は、我らがヨシヒコくんとそっくりです。

 間違いなく、ヨシヒコくんとフミヒコくんの熱き友情は、90年代初頭に芽生え、以来20年間、大切に育まれてきたんでしょう。

 えっ、何ですって、ヨシヒコくん、「ウリの仲間に犯罪者は一人としていない(キリッ」ですってぇw

 それに「フミヒコくんはウリ仲間であったことは一度もない(キリッ」ですってぇw

 そうですか、そうですか。

 でもねぇ、ヨシヒコくん。

 フミヒコくんのオフィシャル・ブログ拝見しますと、彼、きみのこと、ことあるごとに、涙ぐましいぐらい必死になって「ホルホル」していらっしゃいますよ。

 それに、財務大臣時代、きみ、フミヒコくんが主催する懇親会に、埼玉くんだりまで、嬉々としてお出かけになってるじゃありませんか。


 ( http://garachan.com/information/20110214.html

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 まぁ、こういう事態になった以上、きみが、フミヒコくんのこと村八分扱いにしたいことは判らないでもないけど、何度も言うようだけど、ヨシヒコくん、きみの周囲は、香ばしい人ばかりだ。


 
< 野田佳彦くん、きみも、香ばしい人ばかりを応援しておりますなぁ >
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-cbcf.html

 
< 野田佳彦くん、きみも、香ばしい人ばかりを応援しておりますなぁ(その2)>
 http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/2-36fc.html


 実は、このフミヒコくんも、絵に画いたような「外国人参政権・夫婦別姓」賛成論者です。

 例えば、外国人参政権問題に関してフミヒコくん、こんな主張を展開なされております。


 
< 五十嵐文彦(通名・がらちゃん)オフィシャルブログから >
 http://blog.garachan.com/?eid=1021172

 
地方参政権(2010.02.21 Sunday)

 
最近、ムキになって地方参政権反対を叫ぶメールや手紙が寄せられます。「外国に地方自治体が乗っ取られる」という危機感が最大の理由のようです。

 今の時代、いくらでも大企業を買収し、企業という上意下達システムを使って地域まで支配力を及ぼすことが可能です。企業買収の方が利益が大きく、簡単です。これに対し、地方参政権を利用し、一人ひとり特定自治体に送り込んで生活させ、統率し、日本人政治家を従わせるなどという馬鹿馬鹿しい手順を踏んで、どんなメリットがあるのでしょう。

 地方住民税には均等割という人頭税が含まれ、一種の「自治会費」です。会費を払えば発言権が与えられるのが民主主義のルールです。まして所得の高い人は高い所得割や資産割を課されていて、それでいて何らの発言権も与えられていないことは不公平でしょう。社会のルールは善意を前提に組み立てられています。ごく特殊な悪用があるからといって生活保護制度全体を「不要」「悪制」と決め付ける人は常識的とは言えません。人種、国籍、門地、職業、性別、資産などに関わらず、人を受け入れる社会でなければ、日本が世界から愛され、尊敬される国になりません。また、そうした社会になれば、喜んで帰化してもらえるようになるのです。



 もう、読んでいて、大笑いです。

 だって、フミヒコくんの主張、詭弁のやり方が、Peninsula系の方々とクリソツなんすもの。とても、60を超えた成熟した大人の思考法ではありません。


> 地方参政権を利用し、一人ひとり特定自治体に送り込んで生活させ、統率し、日本人政治家を従わせるなどという馬鹿馬鹿しい手順を踏んで、どんなメリットがあるのでしょう。

 へぇ~、そうですか。

 どんなメリットがあるか、ですってw

 じゃぁ、今度の与那国町長選、仮に、2,000人のコリアン・ジャパニーズが、事前に、住民票を与那国島に移して、自衛隊配置反対派に投票したら、一体、どういう結果になりますか、フミヒコくん。

 言うまでもなく、Peninsula系の目論見通り、日本の国土防衛を邪魔することが出来るじゃないですか。


 
< 日本最西端で「国防」左右する選挙告示へ >
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130804/elc13080420560000-n1.htm

 
今週は、日本西端に位置する自治体で、日本全体の安全保障を左右する重要な選挙が行われる。

 沖縄県与那国町長選が6日告示され、11日に投開票される。争点は同町への陸上自衛隊「沿岸監視部隊」配備の是非だ。現職の外間守吉町長は条件付きの配備容認派、新人の崎原正吉氏は反対派。選挙戦は2人の一騎打ちとなる公算が大きい。

 与那国島の北約150キロには尖閣諸島(同県石垣市)がある。与那国に沿岸監視部隊が配備されれば、尖閣周辺の領域で活動を活発化させる中国の艦船や航空機をレーダーで捕捉することが可能となる。日本の国防上、不可欠な部隊配備といえる。

 ところが、容認派の外間町長ですら、配備の見返りとして一時、防衛省に10億円の「迷惑料」を要求した経緯がある。町長選の有権者約1200人の判断を注目したい。



 
< 国を左右する地方選 >
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130808/elc13080807210000-n1.htm

 
地方選挙が日本全体の針路に大きな影響を及ぼすことがあります。6日告示の沖縄県与那国町長選はその典型例でしょう。選挙結果しだいで陸上自衛隊の沿岸監視部隊配備に悪影響が及びかねません。

 この件で思い出すのが、永住外国人への地方参政権付与問題です。賛成派は「国の針路を決める国政選挙の投票権を国民に限定するのは分かるが、地方選挙は、その地域に住み行政サービスを受ける誰もが投票権を持つべきだ」と主張します。永住外国人も地域住民なので一見、正しい論理に聞こえます。

 しかし、与那国の例で分かるように、地方選挙も実は国家的問題に影響します。日本の国防を左右する権利を外国人に与えていいのでしょうか。いや地方選挙といえども外国人が投票するのはおかしい。そう思います。(編集局次長兼政治部長 五嶋清)




 間違いなく、ヨシヒコくんも、このフミヒコくんも、確信犯の反日活動家です。良い子ぶっている分、ヨシヒコくんの方が、タチが悪い。

 更に、調べれば調べるほど、反日売国活動疑惑が明らかになってくるヨシヒコくん。

 野田内閣発足時点で、宇田川さんがこんな分析をなさっていたことを知るにつけ、まだまだ、一般国民レベルでのヨシヒコ評は、大甘なのかも知れません。

 このままですと、ヨシヒコくんには、日本で第1号の外患誘致罪適用の可能性も出てくるかも。


 
< 宇田川敬介 野田内閣の正体を語る >
 http://www.youtube.com/watch?v=z58P_hrVap8

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2013年8月 8日 (木)

野田佳彦くんの笑韓劇場「郷に入れば郷に従え」編




 
♪ 韓国では参拝には白い手袋を着用するニダ ♪


◆ Yoshihiko in Korea

 ( 2011.10.19 靖国神社は不参拝なのに国立顕忠院には嬉々として参拝 )

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◆ Park Geun-hye in Korea

 ( 2013.02.27 国立顕忠院を参拝 > ライダイハンに千年恨まれるニダ  )

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◆ Chokuto-kun in Iojima

 ( 2010.12.13 硫黄島視察 )

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◆ 死者への弔いに日本人は手袋は嵌めません

 ( 2013.04.14 御遺骨に合掌する安倍総理、硫黄島 )

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・・・・ 郷に入れば郷に従わないニダ ・・・・


 
♪ 黒のネクタイ ♪


◆ Yoshihiko in Hiroshima

 ( 2012.08.06 第67回広島原爆忌 )

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 ( 2012.08.06 横路くんアウト、志位くんセーフ )

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 ( 2011.08.06 第66回広島原爆忌、チョクトくんもアウト )

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 (2010.08.06 第65回広島原爆忌、ヨコミチ・オカラ・ナガツマ、みんなアウト )

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◆ 番外編


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♪ ブラックタイ着用はお亡くなりになられた方への日本人の礼儀です ♪


 ( 2013.08.06 第68回広島原爆忌、安倍総理 )

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 ( 2013.08.06 第68回広島原爆忌、広島市松井市長 )

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 ( 2009.08.06 第64回広島原爆忌、麻生総理 )

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2013年8月 7日 (水)

野田佳彦くんの笑韓劇場「3党合意離脱宣言」編




 
< 民主 3党協議から離脱を表明 >
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130805/k10013560221000.html

 
民主党は、政策調査会の会合を開き、社会保障制度に関する自民・公明両党との協議について、政府・与党には年金や高齢者医療制度の抜本改革をする意志はなく、3党の合意に基づいていない実務者協議には応じないとして、協議から離脱する方針を確認しました。(中略)

 
櫻井政策調査会長は記者会見し、「与党側に3党合意を順守するよう求めてきたが、実務者協議の中で年金制度の抜本改革や高齢者医療制度について本質的な議論がなされず、方向性が示されなかった。3党合意に基づいていない実務者協議には応じない」と述べました。

 
そして、櫻井氏は、この方針は3党合意に関わった前原前国家戦略担当大臣、岡田前副総理、野田前総理大臣とも相談したうえで決定したことを明らかにしました。


 おやおや、在日さまに乗っ取られた天下のNHKさまが、ミンスの現代表「ファンタジスタ・安愚楽・カイエーダ」くんの存在を、まるで無視したような報道の仕方をなさっております。

 日の丸・君が代が大嫌いで、国旗国歌法に反対票を投じたチェリー・ミツルくん( http://wachauf.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-4c45.html )が、本件、我らがヨシヒコくんやオカラくんや前なんとかさんに相談するのは勝手ですが、いくら落ち目のミンスとはいえ、まだ衆参115名の国会議員を抱える大所帯なんですから、分裂回避の観点からも、ここは、最終判断を下すのは、カイエーダくんでなければなりません。

 故に、NHKさまと雖もミンス支援団体の一員であるなら、少なくとも 「~とも相談したうえで、カイエーダ代表が決定したことを明らかにした」と表現するのが、スタンダードな報道の仕方でしょう。

 特亜諸国に身売りしたNHKさま、都議選・参院選の大敗北で、カイエーダくんには恨み骨髄なんでしょうけど、同じ恨むんなら、オジサンは、
NodaHatoKan だと思いますけどね。

 あの極右の産経さんでさえ、本件、一応は、カイエーダくんの立場を尊重して上げた形で報道しておりますよ、NHKさまぁ・・・・。


 
< 民主が社会保障「3党協議」離脱へ >
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130804/stt13080401380000-n1.htm

 
自民党はすでに非公式に民主党側に今月7日の協議再開を打診。同党は5日に桜井充政調会長と長妻昭党一体改革調査会長が対応を検討した上で、海江田万里代表ら執行部が最終判断を下すが、「政府・与党は中長期の具体的改革案を示すつもりがない」との見方が大勢を占めており、協議からの離脱で調整している。(一部引用)


 でも、ミンスのこの3党合意離脱って、本当に、有権者を馬鹿にし、かつ、見下した行為です。

 どの新聞も「3党協議離脱」で、気持ちの悪いほどワーディングを統一させておりますが、実態は、ミンスの「3党合意」からの離脱宣言でしょう。

 要は、ミンスは、消費税増税で被るこれ以上の没落を避けたいが為に、一転して、増税反対に転じたというのが正直なところでしょう。

 3党協議離脱なんて格好をつけてますが、ミンスは協議を開始する前から敵前逃亡したんです。それも、自公への事前了解・通告もなしに、勝手に、一方的に宣言しちゃっている。

 これでは、今後も、ミンスとの一切の決め事は、成り立ちません。だって、いとも簡単に、自分の都合で、お約束事を一方的に破棄しちゃうんですから。


 ずばり、ミンス諸君は、結婚詐欺、やるやる詐欺の容疑者たちと何ら替わりありません。

 やっぱり、ミンス諸君には一人として、まつりごとをやらせてはいけないんです。

 彼らに出来ることは、「声闘」と「内部抗争」だけなんです。

 ほうら、早速、両班名物の内輪揉め、また、始まったようですよ。


 
< 前原・野田両グループ、民主執行部と距離 役職辞任表明 相次ぐ >
 http://www.nikkei.com/article/DGKDASFS03011_T00C13A8PE8000/


 本業のお仕事はちっともなさらないで、内輪の声闘ばかりに勤しんでいると、そろそろ、宗主国さまに引導を言い渡されますよ、ミンス諸君。

 それに、朝鮮日報のアガシに、きみたち、こんな記事かかれるようじゃ、半島本国と民団・朝鮮総連・パチンコマネーからのきみたちへの資金供給は、間もなく断たれるってコトですかね。


 
< 健全な野党不在の日本に対する国際社会の役割 >
 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/08/04/2013080400117.html

3299
 
7月21日に日本で行われた参議院選挙で自民党が圧勝した。日本の政治が安倍晋三首相の一人舞台のようになった状況で、自民党の勝利はもはや驚くほどのことでもなかった。しかし、民主党の敗北は衝撃的だった。民主党は121議席を懸けて闘った今回の選挙で実に17議席にとどまり、65議席を得た自民党に参議院院内第1党の座を明け渡した。昨年の総選挙(衆院選)で294対57で自民党に完敗したのに続き、2度目の惨敗となった。民主党がわずか7カ月前まで日本の与党だったということを考慮すると、今回の選挙で民主党の得た通知表は「党の解体に近い大敗北」であると同時に「没落」だ。

 2回の選挙で再起不能となる打撃を受けたことで、民主党のスター政治家たちも共に崩れ去った。「民主党トロイカ」とされた鳩山由紀夫、菅直人元首相、小沢一郎・現「生活の党」代表。これらの議員は2009年の選挙で54年ぶりに自民党の一党支配を崩壊させ、与党・民主党への政権交代を成し遂げた歴史的主人公たちだった。しかし、これらの議員は、すでに民主党と同じくらい存在感のない政治家へと成り下がってしまった。

 民主党の没落は、もちろん自分たちの無能のためではあるが、今後はある一定の期間、自民党と安倍首相の独走時代が続くことを意味している。安倍首相は、平和憲法の改正、集団的自衛権の導入、過去史に対する謝罪談話の否定、靖国神社の参拝など、国際社会に物議を醸す明らかな右寄りの思想で武装し、参議院、衆議院を掌握した。しかし、日本には今後の行くべき道さえも決められない支離滅裂状態の野党だけが残されているのだ。実際に日本国内からも、事実上の両党体制が終わり告げたことに対し「民主主義の危機」を懸念する声も上がっている。国際社会は、こうした現実が北東アジアの葛藤へとつながっていることを懸念している。( 姜仁仙国際部長 )



 さぁ、どうする、ヨシヒコくん。

 オジサンには、この記事、宗主国さまのミンスへの決別宣言と受け取れますけどね。

 だけどねぇ、きみは、こんなお姐ちゃんに、ここまで言い切られて、くやしくないかい。

 オジサンは、大嫌いなミンス諸君の問題ではありますが、隣国の野党が無能だから自分たちが国際社会の一員としてミンスに替わって自民の独走を監視するニダ、と思いっきり日本を見下しているこの事大主義妄想に染まった基地の外の火病姐ちゃんには、神の懲罰が下ると思ってますけどね。

 まぁ、ヨシヒコくんのことです。

 何があっても、相変わらずの、ジミンガー、アベガー、ショウヒゼイガーなんでしょうけど。

 何せ、きみは、日本がどうなろうと一切興味ないし、ひたすら、自民党と日本人を貶めるコトだけが生き甲斐なんですから。



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2013年8月 6日 (火)

永遠に歴史と文明と道徳規範を持てないPeninsula系の悲哀(その3)




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さぁ、あなたは、彼らの嘘を全て見ぬけますか?

 なにしろ彼らは、生来の冤罪作りのプロフェッショナルですからね。

 先ずは、全否定から、スタートしてみましょう。



 
< 梁泰昊著「在日韓国・朝鮮人読本」1996年緑風出版刊から >

 
・・・・ リラックスした関係を求めて ・・・・


◆ 創氏改名とはどういうものですか?


 韓国併合ののち日本は朝鮮を「日本化」するためにさまざまな方法をとりました。まず最初に「大韓帝国」(一八八七年~一九一〇年)と定めていた国号をいっさい使うことを禁じました。日本の一部としての地域名として「朝鮮」と呼ぶようにしたのです。

 次に地名を日本風にあらためました。首都ソウルを「京城」に変更したのをはじめ、日本人居住者の多い地域の町名を日本式呼称にしました。たとえば「明治町・大和町・黄金町・御成町・吉野町」などです。道路の名前も忠武略を「本町通り」としたり、学校の名前さえミッション系の永生高等女学校を「日の出高等女学校」に変えるほどでした。

 日本にとっていちばんの問題は朝鮮人を「日本人」に作り替えることでした。そのため教育には大きな関心を払い、一九一一年に公布した「朝鮮教育令」では「教育勅語の趣旨に基づいて忠良なる国民を育成する」ことを目的にしていました。

 教育勅語とは一八九〇年(明治二十三年)に出された教育の基本方針ともいえるものです。それには「ひとたび国家の一大事(戦争)になれば、勇気をふるいたて身も心も国(天皇)のために俸げることで、天にも地にもつきるはずのない天皇の運勢が栄えるようにしなければならない」(現代語訳)と書かれています。

 こうして朝鮮人は「天皇の子ども」として、日本の命令には絶対的に服従するようしむけられました。それがいわゆる「皇民化教育」です。この政策を推進するために、日中戦争の起った一九三七年以後「内鮮一体」というスローガンを掲げました。ここでの「内」とは内地すなわち日本をさしており、朝鮮は外地と呼ばれていました。

 その前には「内鮮融和」という言葉が使われていました。一九一九年に起こった三・一独立運動のあと、これからはなるべく武力で押さえつけないから、反発しないで生産に励むようにという意味のものでした。

 しかし一九三七年七月、日中戦争に突人するとのんびりしたことは言っておれなくなりました。戦争には勝つか負けるかしかないからです。朝鮮は自らが侵略されているだけでなく、中国侵略の後方基地として万全の体制を整えることを要求されたのです。まさに教育勅語にある「国家の一大事」というわけです。

 まず「日本人」としての精神を養うため神社に参拝することを強制されました。

 韓国併合以来、朝鮮神宮をはじめ各地に神社をたくさん作って参拝を奨励していましたが、キリスト教徒など多くの朝鮮人は民族意識や宗数的立場のために反対していたのです。

 さらに同年「皇国臣民の誓詞」というものが作られました。いわばそれは日本の兵隊になるための準備ともいえるものです。子ども用と大入用の二種類がありましたが、子ども用の内容は次の通りです。

 一、私どもは大日本帝国の臣民であります。

 二、私どもは心を合わせて、天皇陛下に忠義を尽くします。

 三、私どもは忍苦鍛錬して、立派な強い国民となります。

 こうした民族抹殺ともいえる人間改造政策は、組織化・集団化を図ることにより強力に推し進められました。日本では一九三七年十月「国家総動員中央連盟」が結成され、翌年四月には「国家総動員法」が公布されます。朝鮮では一九三八年七月「国民精神総動員朝鮮連盟」が生まれ、四〇年からは「国民総力朝鮮連盟」と改称します。在日韓国・朝鮮人に対しては一九三八年十一月「中央協和会」が行政と警察の主導で作られました。

 国民精神総動員朝鮮連盟は基底組織として一〇戸を単位とする「愛国班」をつくり、監視統制の役割を果たしました。また中央協和会の下には県単位の協和会があり、さらに警察管区の支会、職場・地域単位の分会がありました。

 これらの組織を通して「国旗」掲揚、宮城(皇居)遥拝、神社参拝、「国語」常用、国民服の着用など、日常生活の隅々まで行動を規制されました。さらには戦争協力のため「勤労奉仕」「愛国貯金」を押し付けられた上、志願兵の募集まで行われたのです。

 皇民化政策の大きな柱になったのが「創氏改名」と「国語常用」です。学校で朝鮮語を敦えるのを禁じただけでなく、役所では電話さえも日本語でなければいっさい受け付けないという状態でした。一九四〇年当時、普通の会話に差し支えない程度に日本語が話せる人は一六パーセントほどでした。強引ともいえる指導が行われた四三年でも二二パーセントですから、自分の言葉を使えない悔しさと同時に不便のほどがうかがえます。

 創氏改名は一九三九年十一月に公布され、四〇年二月から実施されました。その狙いは新たに「氏」をつくって従来の朝鮮の宗親(同族)関係を切断し、個々人を直接的に中央政府が掌握・管理することにありました。

 そして具体化されたのは日本の戸籍にみあうような家制度の導入を図ること、そのさい姓を日本式に変更することにより民族性を失わせること、姓が異なっていても養子になることを認めることなどでした。

 異なる姓の人を養子に迎えるということ、ましてや日本人が養子になる道を開くというのは当時の朝鮮人にとって驚天動地のことでした。それまでは男系による「姓」の純粋性を尊重し、誇りとしていたからです。創氏改名は永く守り抜いてきた一族としての伝統(族譜)を根底から覆すものだったのです。

 また姓を変えるということも人間としての尊厳にかかわるものとされていました。重大な約束をするとき、それを破ったら「姓を変える」と誓うほどでした。朝鮮では姓は命の次に大切とされるだけでなく、子どもの名前をつける上で用いる字さえ一族の話し合いにもとづいて決めていたのです。

 創氏改名において氏を設定することは義務であり、それを日本式にするかどうかは強制ではないという建て前でした。しかし実際には日本式の名前を付けることが強要されました。「国語常用」と同じように、それが日本に対して従順であることの証明とされたからです。反対に日本的な名前にしないものは反抗的とみなされ、拷問などを受けました。

 実施過程では「愛国班」などの組織が圧力として利用されたことはいうまでもありません。社会的な制裁の方法には次のようなものがありました。

 ・子どもの進学を拒否する。学校で叱ったり殴ったりする。

 ・総督府の機関に採用せず、現識者は解雇する。

 ・警察がたえず家庭訪問や尾行するなど監視を強める。

 ・労務徴用の対象にしたり、食糧その他物資の配給対象から除外する。

 ・鉄道局や運送店で荷物を取り扱わない。

 結果的には六ヵ月の申請期間に約ハ割の人が日本式の名前を付けました。申請しなかった人は行政手続きとして「法定創氏」をしたこととされました。たとえば「金」という姓であったとすると、変更申請をすれば「金海」「金本」「金井」などとなるのに対し、法定創氏では「金」がそのまま「氏」となるのです。

 つまり二割の人が創氏改名をしなかったというのは大きな誤解であり、百パーセントが民族伝統にもとづく「姓」か日本の家制度としての「氏」へと創氏させられたのです。

 朝鮮では夫婦の姓は結婚しても変わりませんが、創氏改名では結婚した女性は夫の「氏」を名乗ることになります。しかし「金」である人が「李」を名乗るというように、自分とは異なる姓で「創氏」することは認められませんでした。

 また新しい戸籍の隅には棒線を引いて元の名前がわかるように記載されています。日本人と全く同じにするのではなく、朝鮮人としての痕跡は明確に残しているのです。

 それは新しい名前のつけ方にも現れています。まず天皇家にまつわるような文字を使うことを禁じたのをはじめ、日本人の名前を勝手に真似るのではなく、むしろ元の名前にちなんだ名前にすることが奨励されたのです。そのため姓を生かして使ったり、一族の出身地である「本貫」を使うことが少なくありませんでした。

 すでに日本に住んでいた朝鮮人が「創氏」する名前のつけ方には次のようなものがあります。

 ・朴氏は、井戸から生まれたという伝説を持っており、親族が集まって皆で「新井」にしようと決めた。

 ・金海金氏だったので「金海」と名乗った。

 ・出身の月城郡の月と本名の李をとって「月李」とした。死んでも月城郡と慶州李氏を忘れないため。

 ・強制的に改名しろといわれ、仕方なしに日本名にしたが、金という文字は入れて改名しようと思い、仲間と相談して「金山」とつけた。

 ・自分の本当の姓を二文字に分けて、日本式にした(黄なら共田、張なら弓長など)。

 ・軍の命令で「呉本」とつけた。

 ・日本名をつくる気持ちはなかった。釜山で切符を買うとき、日本名をつくらないと日本へは行かれないといわれたので、金を残すように「金本」とつけた。

 ・警察の方でうるさくいうので自分で考えて、高から「高山」にした。

 ・渡日後、会社で勝手に、退職した男の名前をそのままつけられた。

 創氏改名の過程で日本名をつけさせるのは「内鮮一体」の完成をめざす目標であるだけでなく、担当者にとっては業績を誇示する目安ともなっていました。その最終目的は朝鮮人を兵隊にすることでした。兵士として戦争に動員するためには日本語ができること、さらに日本への服従を明らかにしていることが不可欠の条件だったのです。

 日本は一九四二年五月、朝鮮人にも四四年度から徴兵制を実施することを決め、着々と準備を進めました。「愛国班」を動員して徴兵適齢届けをさせ、青年訓練所、青年錬成所などをつくって兵役の予備訓練もしています。徴兵制は四四年四月に実施され、四五年八月の敗戦までに約二一万人が陸海の戦線に送り込まれました。

 解放後、朝鮮人は直ちに創氏名を捨てて、元の朝鮮名による門札を掲げ、新聞報道でもすべて本名に変えていました。一九四六年十月、「朝鮮姓名復旧令」が公布され「日本統治時代の法令による創氏制度により、朝鮮姓名を日本式に変更した戸籍記載は、その創氏日から無効であることを宣言」しました。

 けれどもその後遺症はいまも残っています。在日韓国・朝鮮人は解放後も日本の支配下にあって「日本国籍」を持っているとされたこと、民族差別がひどかったことなどのために多くが創氏名を使い続ける結果になりました。

 しかしその多くはどこかしら日本人の日本名とは異なる雰囲気があります。たとえば「河東(かとう)といえば鄭」「達川 (たつかわ)といえば徐」というように名前の由来を探すこともできなくはないのです。「日本名」をつけることがいかに切ないものであったかという現れともいえます。




2013年8月 5日 (月)

永遠に歴史と文明と道徳規範を持てないPeninsula系の悲哀(その2)




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 さぁ、あなたは、彼らの嘘を全て見ぬけますか?

 なにしろ彼らは、生来の冤罪作りのプロフェッショナルですからね。

 先ずは、全否定から、スタートしてみましょう。


 
< 梁泰昊著「在日韓国・朝鮮人読本」1996年緑風出版刊から >

 ・・・・ リラックスした関係を求めて ・・・・


◆ 強制連行はどのようい実施されたのですか?



 
歴史上、日本は二回にわたって朝鮮人を強制的に日本へ連れてきました。一つは豊臣秀吉の朝鮮侵略(一五九二年文禄の役、一五九七年慶長の役)のときであり、二回目は一九三七年にはじまった日中戦争以後です。

 文禄・慶長の役(韓国では壬辰倭乱・丁酉倭乱と呼ぶ)では捕虜になった農民を大量に連れてきて使役しました。江戸時代の友好関係はその反省の上に立って、捕虜を返還する交渉からはじまったのです。また陶工を連れてきて薩摩や伊万里などで陶磁器を焼かせました。鹿児島に住む沈寿言さんはその十四代目とのことです。

 戦争をするためには武器が必要なことはもちろんですが、何よりも兵力がなくてはなりません。一九三七年七月、蘆溝橋事件を境に日中戦争に突入した日本がその典型ともいえるものでした。

 日本は一九三一年に陸海軍をあわせて二七万八〇〇〇人の兵力を持っていました。しかし三七年には五九万三〇〇〇人、翌三八年には一三〇万人に膨張しています。それは同時に国内の生産現場から労働者が引き抜かれることを意味していました。また戦争遂行のために軍事物資の製造及び軍事施設の建設にも通常では予想もできないような労働力が必要になりました。

 こうした中で日本は一九三八年四月「国家総動員法」を施行し、それに基づいて三九年七月「国民徴用令」を公布、労務動員計画を発表しました。ここには「朝鮮人の労力移入」が明記され、日本政府は朝鮮総督府に対して朝鮮人の労働者を日本に積極的に移住させるようにという通達を出します。

 三九年の動員計画数一一〇万のうち八万五〇〇〇人は朝鮮人と割り当てられ、炭坑・鉱山・土建など日本全国の重要産業部門に投入したのです。このときは計画人数を朝鮮総督府が割り当てたところへ、「募集許可書」を受けた各企業が現地の行政力・警察力を背景に、直接乗り込んで募集するというものでした。これを「自由募集」と呼んでいますが、自由なのは募集する側であって、連れて行かれる側には自由はありませんでした。

 札幌に住む金達善さんは慶尚北道の生まれですが、一九三九年従兄弟のところへ向かって歩いているときにいきなりトラックに乗せられました。ついたところは長万部の静狩金山、すでに三〇〇人ほどの朝鮮人が働いていたそうです。その体験談は次のようなものです。

「どこからともなくトラックが現れたので、道の端に避難したんだ。すると、トラックが止まって三人の男が降りてきた。日本人のようだったが、その内の一人は朝鮮人の通訳だった。とにかく車に乗れというので、嫌だと断ったが、どうしようもなかった。乗ってみると二〇人くらいいたかな。話を間くと日本に行くというので、降りると言ったのだが、彼らはわしを捕まえて離さないんだ」。

 北海道美唄市の金善永さんは一九四二年ソウルで、日本に行けば二年間で働いて二〇〇〇円くらいの貯金ができるという土建会社の誘惑にのせられて同胞九一名とともに連行されました。着いてから初めて炭坑で働くと言うことを聞かされ、自分たちを取り巻いていた警官に炭坑はいやだと抗議しましたが、「戦争には石炭が必要だ。絶対に変更できない」といって殴られ、結局炭坑で働くことになりました。

「自由募集」によって一九四一年までに約一八万人が渡日しましたが、四二年からはさらに「官斡旋」による連行が行われました。太平洋戦争の開始によりそれまでのやり方では追いつかないと判断したからです。それは朝鮮総督府が「朝鮮人内地移入斡旋要項」を作成し、末端の行政と警察が介入して労務者を送り出すというものでした。これによって指名された労務者は、逃亡を防ぐために出身地別の隊組織に編成し、日本の事業者から派遣された補導員によって連行されました。

 福岡県田川市に住む安龍漢さんは一九四二年のはじめ、十七歳のとき「牛を引いて薪拾いをしていたところを捕まっていきなり日本に連れてこられた」とのことです。下関の港には梶棒を持った日本人監督が列を作って待っており、一列になって前の人だけを見て歩かされたそうです。

 トラックで着いたところは筑豊の豊州炭坑、点呼の仕方が悪いと言っては何度も殴られ、傷だらけになってタコ部屋に入れられました。外は吹雪でも布団は二人に一組、食べるのは豆かすのご飯でした。

 ソウル市で雑貨業の家業を手伝っていた金仁植さんは一〇〇〇名の同胞とともに一週間の軍事訓練を受けたのち、四個中隊に編成され軍人上がりの隊長に連れられて日本に来ました。日本に来てからは川崎市の日本鋼管に配置され、三ヵ月間は訓練の名目で無給労働でした。食事にはほとんど米粒がなく、麦とひじき混じりの飯に塩汁がついたものでした。

 反抗的な態度を見せると逆さ吊りにして殴るなど半殺しの目に遭う人も少なくなかったと言います。金さんによれば「工場内の事故で死傷者も出たし、栄養不良で死んだ人も多い」とのことです。

 一九四二年から四三年にかけて、こうした官斡旋による動員数は約二五万人でした。戦況がさらに深まるとて一九四四年九月から国民徴用命を適用して、広く網をかけるような連行が行われました。同年の連行者数は約二九万人です。

 国民徴用命で連行された朝鮮人は「応徴士」と呼ばれました。まるで自分から進んで来たようなごまかしの言葉です。日本国土で激しい戦闘の行われた沖縄で、生存できた「応徴士」が語った「いちばん切なく思ったこと」は次のようなものでした。
 
「年老いた祖父母と田植え中に徴発、連行され、振り向いて祖父母を見たときの切なさ」

「老父と妻子を残して死にに行くより、自殺しようかと考えた」

「どこへ何をしに行くのかも知らされずに父母妻子と引き裂かれたこと」

「他国の戦場へ連行されること」

「強制連行され、生きるか死ぬか、目の前が真っ暗になったこと」

「船に乗せられ、太平洋に出たとき、もう最後だと観念した心情」

「幼い娘一人をおいて死に場所へ行く心情」

 強制連行された朝鮮人は全国いたる所で炭坑・金属鉱山・飛行場建設・トンネル掘り・戦略物資の製造その他に働かされました。そうした労務動員の他に兵力としての動員が行われました。

 一九三八年には朝鮮人を対象とする陸軍特別志願兵制度が公布され、四三年には海軍特別志願兵制度、学徒志願兵制度が生まれました。それが「志願」という名の強制であったことは言うまでもありません。さらに軍属として駆り出された朝鮮人は一五万五〇〇〇人にのぼっています。この中にはマリアナなどの南洋群島で戦闘に巻き込まれて死傷または「玉砕」の対象となり、あるいは捕虜監視要員をさせられたばかりに戦後「戦犯」に問われた人もいます。

 慶尚市道で農業をしていた玉致守さんは一九四二年「陸軍軍属」として広島県宇品港の輸送部隊に配属されました。南方の軍事基地に軍人・軍属・軍需物資などを運ぶうち、輸送船は三回も沈められました。三回目には乗っていた二八六〇名のうち王さんともう一人だけが辛うじて助かりました。死者の三分の一は朝鮮人であったとのことです。しかし九死に一生を得たとはいうものの左足大腿部を切断しなくてはなりませんでした。

 一九四三年からは「女子挺身隊」の名の下に約二〇万名の朝鮮女性が労務動員されました。またこのほかにも「従軍慰安婦」として辛苦を昧わった人も少なくありません。





2013年8月 4日 (日)

永遠に歴史と文明と道徳規範を持てないPeninsula系の悲哀(その1)




 著名な日本人東洋史家の某先生が、「調べれば調べるほどPeninsula系の方々の主張には、真実など一つもなこことが解った」と言い切っておられますが、このオジサンのレベルでも、ちょっと調べれば、彼らの主張が嘘八百であることは、簡単に見ぬけます。

 仮に万が一、彼らの主張が正しいとして、それなら、そんな極悪非道の日本は、現在、どうして、こんなに穏やかで人の良い、世界一差別が少なく、機会平等の国を作り得たんでしょう。

 彼らとて、彼らが嘘をついていることは、充分、解っているのです。

 なんだかんだ詭弁をこねまわしても、日本に居座っている彼らの現状が、その全てを物語っていますす。

 彼らがいかなる主張をしようとも、Peninsulaは、北も南も、哀しくなるほど言論の自由が許されない世界でも一等級の差別大国かつファシスト国家ですからね。

 ただ、クネたん政権の誕生は、日本にとっては、とっても素敵な時代の予感がします。

 火病、反日、歴史の歪曲・捏造、事大主義、大いに歓迎です。

 日韓関係は、離れているのが一番。

 さりとて、相手側の些細な嘘にも、反撃しなければなりません。

 甘やかしは、かえって、争いを増長します。

 そのためには、私たちも、知識を蓄えレベルアップしなければなりません。

 相互の民族の繁栄のために。


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 さぁ、あなたは、彼らの嘘を全て見ぬけますか?

 なにしろ彼らは、生来の冤罪作りのプロフェッショナルですからね。

 先ずは、全否定から、スタートしてみましょう。


 
< 梁泰昊著「在日韓国・朝鮮人読本」1996年緑風出版刊から >

 
・・・・ リラックスした関係を求めて ・・・・


◆ 在日韓国・朝鮮人はいつ頃、日本に来たのですか?


 
在日韓国・朝鮮人は外国人であるというと、「いつ日本に来たの」とか「それにしては日本語が上手だね」とかいわれることがあります。しかし在日韓国・朝鮮人の歴史はすでに一世紀近くにもなり、二世・三世はもちろんのこと、四世さえ珍しい存在ではなくなっているのです。その背景を知るためには日本と朝鮮の歴史をひもとかねばなりません。

 江戸時代の日本は鎖国をしていた反面で、朝鮮とは友好関係を係ち、外交使節がたびたび往来していました。けれども一八六八年に起こった明治維新以後、この関係が少しずつねじれていき、日本は帝国主義の道を歩むようになります。朝鮮を侵略の対象として位置づけたのはその第一歩でした。

 一八七五年に「雲揚号事件」を起こしたのをはじめ、日清戦争、日露戦争を経て軍事力を持って朝鮮を制圧していきました。一九〇五年には「保護国」化して韓国統監府を設置し、外交権及び軍事権を完全にもぎ取ってしまいました。初代統監になったのは伊藤博文です。

 これに対し朝鮮ではたびたび反日義兵闘争が起こりますが、結局、独立を守り通すことができませんでした。一九〇九年十月ハルビン駅頭で安重根が伊藤博文を射殺したことは後世に語り継がれる抵抗の証とされています。

 日本は一九一〇年八月、韓国併合を公布しました。これを日韓併合と呼ぶのは正しくありません。また韓国では「韓日合邦」といっていますが、これも適切な表現とは言いがたいものです。なぜなら日本と韓国(朝鮮)が対等に結合したのではなく、日本が大韓帝国を呑み込んでその屋台骨をはずしてしまったからです。

 このときから朝鮮は日本の領土(植民地)となり、朝鮮人は「日本国民」と規定されました。韓国併合の前にも朝鮮人が日本に留学したりしていましたが、その時点ではあくまでも外国人でした。一九〇九年の在日朝鮮人は七九〇人でした。その他に非公式に炭坑や鉄道工事などに連れてこられた労働者も少なくありません。

 同じ一九〇九年に、朝鮮にいる日本人は約一三万人でした。当時の朝鮮の人口の約一パーセントです。このころ外国であるはずの朝鮮にこれほど多くの日本人がいたということ自体、異常と言わねばなりません。一八年には在朝日本人は約三四万人と急増しています。

 このように植民地とはまさに日本人が支配者として入住することを意味していました。そのために朝鮮総督府の設置をはじめ行政機構を改編・掌握するだけでなく、学校を運営するための教師、神社をつくるための大工などさまざまな日本人が朝鮮に渡りました。朝鮮総督は天皇の直接指揮下にありました。

 日本は朝鮮を植民地として活用するためにまず「土地調査事業」を実施し、農民の土地を奪いました。なぜかというと土地の所有を実際の耕作者ではなく申告したものに認めるという制度だったからです。けれども日本への反発心や税金がかかるのを恐れて申告しなかったり、名儀を偽って申告されるということが少なからずあったのです。土地調査が終わった一九一八年には全農家の三十分の一にすぎない地主が、約半分の耕作地を所有することになりました。また国策会社として作られた東洋拓殖株式会社をはじめ日本人の所有になった土地も広大なものでした。

 土地や耕作権をなくした農民はしだいに流民化し、中国東北地方やシベリアなどに移住するようになりました。いわば日本人が増えるにつれて押し出されるようなかたちになったといえます。

 一九一四年からの第一次世界大戦で戦勝国側になった日本は急激に産業が活発になり、大量の労働力を必要とするようになりました。そのため朝鮮から盛んに募集して低賃金で働かせたのが、今日の在日韓国・朝鮮人を形づくるはじまりです。朝鮮人は農業から工業へと職を変え、言葉も通じない、風習も違う日本で戸惑い、さげすみを受けながらも懸命に生きてきたのです、

 一九一九年三月、朝鮮では全国的な独立運動が広がりました。「三・一独立運動」と呼ばれているものです。この運動のきっかけをつくったのは在日朝鮮人が二月八日に東京で集会を関いて「独立宣言書」を読み上げたことでした。

 最後の王であった高宗が亡くなったので、その葬儀をきっかけに全国的に独立を求める示威運動が起こったのですが、その背景には国を奪われたことに対する怒りや悲しみはもちろんのこと、土地調査事業など植民地政策に対する不満が山積していたのです。

 日本は同年四月に「朝鮮人の旅行取り締まりに関する件」を発表し、渡航規制をはじめますが一九二〇年代には在日朝鮮人の人口はさらに増えました。朝鮮で実施された「産米増殖計画」が逆に農民の首を絞める結果になったからです。それに先立つ一九一八年といえば日本では「米騒動」が起こるなど、食糧不足が目立ちました。それを補うため増産を図りながら米を搬入したので、朝鮮の農民が食べる量はかえって少なくなったのです。

 離農による労働力の供給と、低賃金労働力を求める日本企業の需要が結びついたことが、在日韓国・朝鮮人が増える要因になりました。朝鮮での地方行政はもちろん日本人が握っていましたが、中には積極的に朝鮮人を送り出す施策もとられました。大阪に済州島出身の人が多いのは、知事の働きかけで大阪と済州島を結ぶ定期航路が開かれたからです。それ以外の渡航ルートは基本的に下関―釜山間の連絡船しかなく、慶尚南・北道及び金羅南道出身がほとんどでした。

 一九三〇年代に入ると朝鮮の農村はさらに疲弊し、離農への圧力が高まりました。また一九二〇年には約一六九〇万人だった朝鮮人人口が、四〇年には二三五五万人に増えたことも余剰人口を生み出したといえます。日本政府はできるだけ北部朝鮮及び中国東北部へ移住させることでそれを吸収しようとしますが、先に日本に住んでいる親族や知人を頼って日本に来ようとする勢いを止めることはできませんでした。

 女優の松坂慶子さんのお父さんの本名は「韓英明」といいます。彼は一九三八年、十五歳のとき福岡に住んでいるおじさんのところへ養子になるかたちで日本に来ました。日本でもっと勉強したいというのが夢でしたが、肉体労働のあげく、だまされて離れ小島の炭坑に連れていかれたという体験を語っています。

 結果を見れば一九四〇年に在日朝鮮人は一一九万人に達しました。これが現在の在日韓国・朝鮮人の原型になっています。さらに四五年までの五年間に二〇〇万人を越えるほど膨らむのですが、そこには戦争遂行のために強制連行という強引な手段がとられました。それ以前の渡日はいわゆる強制連行ではないとされていますが、事実上そうせざるを得ない状況に置かれたという意味で「間接的な強制連行」ともいわれています。

 このように在日韓国・朝鮮人の一世とは、朝鮮で生まれて日本に渡ってきた人のことです。中には解放後(戦後)に日本に来た人もかなり多くいますが、一九三〇年代の渡日が一つのピークを形成しています。解放後、多数が日本に残ったのもそれだけ日本との関わりが深くなっていたことが大きく作用しています。

 一世とか二世とかいう区分けは日本に来て何代目かという個別的な経緯よりも、どういう時代に暮らしていたかという横断的な共通性を「世代」として把握する必要があります。そうでないと年齢的に差が開きすぎて歴史的背景がずれてしまうからです。たとえば日本生まれといっても解放のとき十五歳くらいに達している場合には、ほとんど一世に近い感覚であるといえます。

 一世に共通するのは「戦争体験」です。「お国のため」といえばすべてがまかり通るような全体主義の中で、何から何まで日本人に従順であることを押し付けられる苦汁を味わって来ました。それを強制するためにつくられたのが「協和会」という組織でした。そこから発行される「協和会手帳」を持たなければ就職もできないという状態にまでおかれたのです。

 しかしながら一世は故郷が同じであるという地縁や、同じ姓に連なる一族としての血縁によって横のつながりを強く持っていました。同郷親睦会や同族の宗親会がそれにあたります。そうした人と人のつながりの中で情報を交換し、助け合って暮らしてきたのです。

 一世はいわば在日韓国・朝鮮人の開拓者です。言葉に尽くせないような苦労を体験しながら、荒野を切り開き、道をつけ、家を建てて生きる基盤をつくってきました。一世は「日本国民」であることを押し付けられはしましたが、決して日本人になったのではありません。それは解放後、急速に民族組織を作り、学校を建てて民族教育を開始するという精力的な活動へとエネルギーを爆発させていったことからも明らかです。

 一方、二世の共通体験は戦後の「民主主義教育」だといえます。もちろん二世といっても年齢差はあるので、差別を受けたことの方がより強烈な印象に残っているケースも少なくありません。確かに民族差別を受けたというのも二世に共通するものです。いいかえれば自分たちの子ども(三世)には決して同じような思いを味合わせたくないというのが二世に共通する意識です。

 しかし少なくとも建て前として差別は許されないものであり、「人間はみな平等」だというのが二世にあたえられた希望でした。とはいっても多くの場合それは絵に描いた餅にすぎず、二世自身が臆することなく目標にチャレンジできるまでには解放から四半世紀の歳月を要したのです。





2013年8月 3日 (土)

Peninsula系の火病を容認し続けた野田佳彦くんには出自の公開を要求しましょう




 
<【韓国人の疑問にズバリ】 なんで日本人はバ韓国が嫌い? >
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm21483901




 厄介な人というのは、どんな組織にも一人や二人は必ずいらっしゃいますが、韓国クラスの超弩弓厄介な人となりますと、そう、そんじょそこらにいらっしゃるというものではありません。

 ましてや、国家ぐるみで、50百万人がみな?厄介な人たちとなると、もうこれは世界広しと雖も、海峡を越えたお隣の国以外、オジサンは思いつきません。

 オジサンの会社で、海外赴任先で一番人気があるのはやはりNY・LDN、一番の不人気かつ絶対赴任したくない任地は、断トツでソウルです。

 ソウルで駐在員経験をした社内の先輩や同僚から、彼の地で絶えず繰り返される解決の目処がつかない厄介事を、何度聞かされたことか・・・・。

 同業他社との呑み会でも、どこの会社もにたようなもので、民間会社勤務の日本人にとっては、ソウルは出来るなら避けたい海外勤務地No.1のようですから、その嫌われ度合いといったら半端ではありません。

 オジサンが最初に海外駐在員生活を経験した東南アジア某国も、治安面では決して誉められない発展途上国で、公私共にトラブル満載の安堵の息をつく暇もない駐在員生活でしたが、同僚からソウルでの勤務状況・生活状況を聞かされるにつけ、精神的には某国の方がずっと楽だと、いつも自らを叱咤激励していたものです。

 諸先輩方の話しを総合すると、日本人のソウル駐在員組は、二手に分れるようです。

 一つは、嫌気がさして何事も見て見ぬ振りの安全運転で、ひたすら、帰国の日を待ち望むタイプ。

 もう一つは、悪韓論者でありながら、好奇心旺盛で、とことん韓国の中に自ら入り込んで行くタイプ。

 いずれにせよ、望郷組が圧倒的だったとか。

 ところが、増すゴミの特派員諸君だけ例外で、大多数が好韓論者で、彼らの実態は、反日売国活動家の疑惑が持たれていたようです。

 オジサンの最も仲の良かった某先輩は、かつて、彼らは多分、コリアンジャパニーズなんだろうと、明確に、申しておりました。何故って、韓国の目の前の悲惨な現実を見ても、それでも、ひたすら根拠レスの韓国ホルホル記事を書き続けているメンタリティーは、どうしても理解しがたいから、と。

 同じことが、我らがヨシヒコくんに対するオジサンの疑問でもあります。

 詳細については、当ブログで散々書きまくっておりますので、本日は、主な状況証拠だけを列挙して止めときますが、韓国を甘やかし続けているヨシヒコくんの罪は許しがたく、ポッポくんやチョクトくんと違って、良い子ブリッコを演じている分、その罪状は、彼ら二人より圧倒的に罪深いものがある、とオジサンは判断しております。


 
♪ ヨシヒコくんのPeninsula系疑惑 ♪


① 2009.10.15 千葉県民団主催「10月のマダン」(千葉中央公園)で、公選法違反も顧みずに平然と、お蔭で衆院千葉県13小選挙区全員が当選したニダ、の御礼を述べた。

② 2011.09.15 臨時国会本会議場で、総理就任早々、正々堂々の朝鮮呑みをご披露。

③ 2011.10.18 韓国デフォルト救済、唐突の日韓スワップ協定700億ドル締結、未だに国民への説明は一切なし。

④ 同日、日本国初代総理大臣伊藤博文翁を暗殺したテロリスト犯安重根が祀られている韓国国立顕忠院を参拝、一方、ヨシヒコくん自身は日本の英霊が眠る靖国神社は、一度も、参拝したことがない。

⑤ 2012.08.10 李明博大統領の竹島上陸を容認、2012.08.14 李明博大統領の天皇陛下謝罪要求発言を容認し、ヨシヒコくん自身は「明博兄さんは、いったいどうしちゃったんだろう」発言で全てを増すゴミ諸君と共謀してすっとぼけている。
 

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♪ 公人には出自の公開を義務づけましょう ♪


 
< 2013.05.25 チャンネル桜放映 >
 http://www.youtube.com/watch?v=Rl7oyG4ebwk

">


( 38分51秒から )

・実は日本のテレビ界に外国人が入り込んでいる。

・ある在日の方から、息子がNHKに入った、と喜んでいるのを聞いた。


( 39分29秒から )

・反日の在日議員の人、あるいは、その手の回っている人が、非常に高い地位にいっぱいるような気がする。


( 39分40秒から )

・アメリカは、確か、私が聞いている範囲では、テレビ局には外国人はいれない、としている。

・日本でそれが無理なら、少なくとも、本名で仕事をさせる、出させるようにせよ。

・創氏改名が嘘なのは、彼らが現在日本で日本名で仕事をしている、生活をしている。このことこそが、創氏改名は強制ではなかったことを証明である。

・テレビ電波というのは公共のものだから、そこに働く者は、日本人とすべきだ。


( 40分58秒から )

・日本名を語って、出自を隠すのは辞めるべきだ。

・特に政治家も含めて、公職に就く人は、全部プライバシーがないと思ってくれないと。

・だから、選挙公報に、いつ、なになに、帰化したと書くべきだ。

・オバマ大統領なんかは、親の親まで辿って、放送にも新聞にも出ている。

・故に日本でも、3代目ぐらいまでは、公の人は、出自を出すべきだ。

・でないと日本は、本当に、喰い散らかされる。

・日本の場合は、帰化してすぐ国会議員になっても、在日であることを隠している人がいる。本来これは、公職選挙法違反と言ってもいいようなことだ。

・我々日本人は、帰化人であっても、なになに系日本人と区別はしていない。日本人なら全てが日本人だ。それだけ、日本人全体を信用している。だから、逆に、公職に就く人は、帰化したこと開示し、今は、でも日本人ですよ、と言うことをはっきりさせるべきだ。


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2013年8月 2日 (金)

野田佳彦くんの太陽政策が醸成したファシスト国家「韓国」の狂気




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 我らがヨシヒコくんは、ミンス党所属議員であることからお判りのように、彼もまた、超ウルトラ「地球市民」の一人です。

 ですから、彼は、日本と韓国の間に国境が存在していることが、悔しくて悔しくて仕方がありません。

 ほうら、ヨシヒコくん、ポッポくんやチョクトくんが、目に余る外患誘致罪まがいの反日売国活動を頻繁に行っても、何ら、彼らを批難かつ諌めることさえしていらっしゃらないでしょう。

 それにヨシヒコくんもまた、お二人の先輩総理同様、前総理としての良心も責任も国民に対する義務も、一かけらもお持ちではなく、日本と特亜三国を阻んでいる国境の存在自体を、不愉快極まりないと感じていらっしゃるのです。

 故に、ヨシヒコくんは、ターゲットを韓国への「太陽政策」1点に絞り、政権交替以前から用意周到に準備してきたのです。

 その結果が、ここ1週間、韓国で発生している手の施しようのないレベルまでに達してしまった、国家ぐるみの狂乱状態です。

 日韓戦横断幕、韓国人登山者の遭難事故、サムスン製GALAXYの爆発etc、全てがウリたちは被害者ニダ理論で、いつの間にか日本が悪いことになってしまいました。

 また、全米での慰安婦像の設置、もはや、為す術がありません。

 正に、ヨシヒコくんの「太陽政策」の勝利と言えましょう。

 ヨシヒコくんは、Peninsula系の民族的DNA「真実への畏怖心さえ抱かず、聞く耳は一切持たない、超ウルトラ嘘つき」を、実に良く理解しておりました。

 もはや、ヨシヒコくんの「太陽政策」は、お見事としか言いようがありません。



 
♪ 第95代日本国総理大臣野田佳彦くんの太陽政策 ♪


◆ 総理就任以前、ヨシヒコくん「太陽政策」の布石


( 2008.02.25 李明博大統領就任式典に出席 )

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( 2009.10.11 韓日友好の広場「10月マダン」に出席 )

 在日の選挙活動を公然と容認(明らかな公選法違反)

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◆ 総理就任後の太陽政策


( 2011.10.19 日韓スワップ協定700億ドル締結 )

 日韓は一つ、困ったときはいつでも、お助け申し上げます。

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( 2011.10.19 朝鮮王室儀軌・図書5冊を返還 )

 日韓基本条約の破棄を通告、双方、合意。

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( 2011.10.19 安重根が祀られている国立顕忠院を参拝 )

 日本国初代総理大臣を暗殺したテロリスト犯安重根は韓国のヒーローであられることを認めます。

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( 2011.12.18 日韓首脳会談 慰安婦問題で何も言えず )

 何事も明博兄さんの仰せの通りに従い申し上げます。

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( 2012.08.10 李明博大統領竹島上陸 )

 独島は韓国の領土であることを認めます。

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( 2012.08.14 李明博大統領、天皇陛下謝罪発言要求 )

 明博兄さんの仰有るとおりでございます by Yoshihiko

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2013年8月 1日 (木)

ウリたちは災害復旧のプロ > 野田佳彦くんもたまには被災地を訪問して下さいな




 どうでもいいことなんですが、モナ夫くんって、幹事長、既に、お辞めになっていらっしゃったんですね。


 
< 2013.07.26現在 党役員 >
 http://www.dpj.or.jp/article/60008/


 オジサンは、大畠くんとの交代は、てっきり8月末だと思ってたんですけど。


 
<「8月中にやり切ったうえで辞任する」細野幹事長、表明 >
 http://www.dpj.or.jp/article/103070/

 細
野豪志幹事長は23日、党本部で記者団に対し、「幹事長職辞任について代表からご了解をいただいた。その前提として二つのことについて結論を出すことになった」として、(1)鳩山由紀夫・菅直人両元代表の処分(2)参院選挙の総括・・・・の2点について8月中にやり切ったうえで辞任することになった旨述べた。


 
< 細野幹事長きょう辞任 後任に大畠氏 >
 http://mainichi.jp/select/news/20130726k0000e010219000c.html

 
民主党は26日、常任幹事会を党本部で開いた。海江田万里代表は、8月末としていた細野豪志幹事長の辞任を前倒しし、後任に大畠章宏代表代行を充てる人事案を示した。海江田氏は党内手続きを踏まえ、同日中に決める構え。


 朝令暮改、朝令夕改。

 いやいや、モナ夫くんの場合は、朝三暮四でした。

 で、モナ夫くんの正式辞任会見は、行われたの?

 どうやら、ご自身のブログでご挨拶なさっただけのようです。

 流石はモナ夫くん。

 完全に、日本国民を馬鹿にし、見下した態度です。


 
< 201.3.07.26 本日幹事長を辞任しました >
 http://blog.goo.ne.jp/mhrgh2005/e/dc4ad374cc2ead1024ea0bc80bc0abe7?fm=rss


 我らがヨシヒコくんのミンス党って、見ているだけなら、心底、愛すべき政党なんですが・・・・。

 もう、彼らの存在理由は、「日本B層学会」の研究素材対象だけでしかありません。

 それでも、まだ、115人ものミンス国会議員がいるんですから、ふぅ~っ。

 輿石のじっちゃんなんか、参院副議長になりたがってるらしいですよ~。

 77才児、このPeninsula系の方の飽くなき欲望、これをもって、千年恨み続けますの狂信的な執拗さも、よ〜く、理解できるというものです。

 さてさて、新体制になって心機一転のカイエーダミンスの第1号取り組み案件はと言いますと・・・・。


 
< 山口・島根等の記録的大雨による被害受け、豪雨災害対策本部を設置 >
 http://www.dpj.or.jp/article/103087

 おやおや、白眞勲くんまでがメンバーに。← ネクスト防災担当副大臣なんですってサ。

 29日16時30分に本部立ち上げて、翌日は何にもしないで、31日に現地調査団派遣「調整中」っていうのが、いかにもミンスらしい > いつもの、ただのアリバイ作りってヤツですね。

 実際は、誰も、現地には、行かなかったりしてw


白眞勲「大変でしたね」

被災民「あんた、誰」
 
白眞勲「民主党参議院議員の白眞勲と申します」

被災民「初対面で人に声をかける時は、最初に、自己紹介ぐらいはしてよね」

白眞勲「(無視)何かお困りのことはありませんか」

被災民「きみ、何しに来たの」

白眞勲「お手伝いできることがないかと思いまして」

被災民「本当に助けてくれる気があるのかい」

白眞勲「天地神明に誓って」

被災民「じゃぁ、今直ぐ、3百万円現金で目の前に用意してくれない」

白眞勲「何にお使いですか」

被災民「自宅の復旧だ」

白眞勲「私個人では如何とも」

被災民「きみ、たった今助けてくれると言い切ったじゃない」

白眞勲「えぇ、それは・・・・」

被災民「きみたち、埋蔵金いっぱいあるって言い切ったじゃない」

白眞勲「でも・・・・」

被災民「あぁ、そうね、そうね、また、嘘ついたんだ」

白眞勲「・・・・」

被災民「嘘つきは白眞勲の始まり」

白眞勲「(コソコソ、帰ろうとする)」

被災民「何もしないで帰るなんて、甘いよ。あんたたちには国民は、税金しこたま払わされてるんだから、今日は夜まで後片づけ手伝っておくれ、ほら、軍手貸してあげるから・・・・」

白眞勲「(聞く耳を持たないが故に、強引に、一目散で逃亡する)」

被災民「ミンスってこんな奴ばっかり」


 
< 山口・島根 集中豪雨:1日で1カ月分の雨量 >
 http://mainichi.jp/graph/2013/07/29/20130729sog00m040006000c/003.html

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< 2017.07.29 安倍総理、宮城県下訪問 >
 http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201307/29miyagi.html

3285


 
< 歴代総理、被災地視察、前履歴 >

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 *官邸HP「総理の一日」からピックアップして作表しました。



 
< 適菜収著「日本をダメにしたB層の研究」2012年10月講談社刊から >

 
・・・・ 60歳を超えても10代に見える生き方 ・・・・


 
そもそも人心が荒廃していたから民主覚政権が誕生したのです。民主党がああいう集団であることは最初からわかっていたことであり、政権を握り予想通りのことをやり、予想通りの結果に終わっただけの話です。

 鳩山由紀夫は首相に就任すると、「歴史を変えるのはわくわくする」「日本の歴史が変わると思うと身震いがする」と述べました。

 その言葉通り、身震いがするような事態が続発します。

 鳩山はオモチャを与えられた幼児のように、わが国を振り回し、最後には放り投げた。米軍普天間基地の県外移転騒動により日米関係を悪化させ、沖縄県民を二重三重に陵辱した挙句、「国民が聞く耳を持たなくなった」と責任を国民に転嫁しました。

 続いて総理になった菅直人は、自著で独裁と反文明主義を賛美する狂人でした。自身の資金管理団体がパチンコ屋を経営する在日韓国人から違法献金を受けていたことが発覚するものの、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の対応を口実に総理の座にしがみつき、わが国を地獄の底に突き落とします。

 小沢一郎は皇室に対し卑劣な嫌がらせを続けてきました。検察陰謀論にとりつかれており、議論が苦手で癇癪を起こしたらつくったものを壊すだけ。原発事故後は真っ先に逃亡を図り、最後は泥舟からも逃げ出しました。

 民主党議員はこんなのばかりです。



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