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2013年8月20日 (火)

この厄介な国、中国(最終回)




 
夏休み読み切りシリーズ

 < 岡田英弘著「この厄介な国、中国」2001年ワック刊から >



 
中国は中国である限り、永遠に変わらない


 中国共産党の本質は、国民国家というベールをまとった皇帝システムである。つまり、共産党は皇帝であり、二千年来つづいてきた " 政党 " の後継者なのである。

 だが、それも無理はない。中国大陸は、あまりにも広大であり、また、それを構成している民族の歴史や文化といったものもあまりに違いが大きすぎる。結局、中国なるものを統治するシステムは、秦の始皇帝以来の「皇帝システム」以外にはないのである。

 先ほども記したように、日本人もアメリカ人もやがては中国も近代化すると思っている。しかし、中国が近代化を実現するときは、中国が崩壊するときである。少数民族による自治や、言論の自由といったものを実現させれば、中国というシステムはその瞬間に消えてしまう。

 これは、中国人そのものに問題があるのではない。結局、近代国家にはサイズの上限というものが存在するということなのである。

 その好例が台湾である。台湾は、国土の大きさも人口も、国民国家としてきわめて適正なサイズである。また、強制的ではあったが、曲がりなりにも北京語が共通語として機能している。台湾人の北京語にはひどい台湾訛りがあるが、それを訛りと考えず、独自の言語であると考えれば、それは充分、台湾の国語として通用する水準にある。

 しかも、台湾は五十年間日本に統治されたことで、台湾人としての連帯感を持つことができた。だから訛りを恥じず、それが台湾独自の言語なのだという意識が持てれば、国民国家にスムーズに移行できる条件がそろう。総統直接選挙で事実上の独立を果たした台湾には、国民国家としての洋々たる前途があると私は確信している。

 繰り返すが、いまのままの " 中国 " が本当に近代化することは、未来永劫ありえない。中国は中国であるかぎり、秦の始皇帝以来の皇帝システムによる支配をつづけていかざるをえないのである。万が一、そのシステムが崩壊するときがあるとすれば、それは中国が中国でなくなるとき、つまり皇帝システムとともに中国も崩壊するときである。結局、中国は中国でありつづけるかぎり永遠に変わらない・・・・これが、私の結論である。

 その中国という存在が、いつの日にか崩壊することがあるのか、それとも赤い皇帝が永遠に君臨しつづけるのか。それは誰にも分からない。

 だが、ただひとつだけ間違いなく言えることがある。それは日本が中国の隣に未来永劫ありつづけるということであり、日本人は否が応でも中国人という世界にも稀な行動原理を持つ人々と付き合っていかなければならない、という事実である。

 日本という国家は、その建国からして中国という存在を抜きにしては語れない国である。日本人が日本人であるかぎり、中国という存在はつねに最大のテーマであることに変わりはないのだ。




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